思えば朝から並んで 同時に電話もかけてた
ダフ屋さん
(なのに・・・・それなのに・・・・っ!!)
大好きなバンドの、ずっと楽しみにしていたライブ。
そしてやっとのことで手に入れたチケットを握り締め、今まさにその会場に到着したのだ。
握り締めすぎてくしゃくしゃになってるチケット。座れるのは2階席。
苦労したのに2階席。
「世の中何か間違っとる・・・」
開演前のライブ会場。ごった返す人の中に太公望はいた。
はぁっと溜め息をつき、取り敢えずしわの付いてしまった大事なチケットを軽く指で伸ばす。
別にそこそこ人気のあるバンドだし、2階席でもしょうがないなんて承知の上だけど。
(そうなのだ。別にそれは良い。チケット取れただけでも良いほうなのだからな)
が。
「ねぇ、そこのお嬢さん!チケット買わない?アリーナ余ってるよアリーナ!」
出やがったな。
れっきとした男の自分に微妙に失礼なことを言いつつ愛想笑いの男が一人近づいてきた。
見るからに・・・というか、どー見てもライブを楽しみに来た人間ではない。
目の前でチケットちらつかせながらニコニコこちらの返事を待つ男に、頬がひきつるのを感じながら。
「生憎だがもうチケットなら持っておるのだ」
「えー2階席?ダメダメ!2階席なんかじゃ米粒にしか見えないよ。やっぱアリーナアリーナ!」
「・・・いくらだ?」
「君可愛いから安くしとくよ〜v5万でどう?」
「そんな金持っておらぬ」
「あー・・そう」
なんじゃそりゃ。
金がないことを知って、男は自分に興味をなくしたらしく急に愛想笑いが顔から消えた。
そしてさっさと、ファンの中に紛れてうじゃうじゃいた黒めの服のオジサン集団のほうに行ってしまった。
アリーナ”余ってるよ”なんて。
自分は朝から並んで、電話も掛けて、それでも2階席だというのに。
どーしてだ?朝から並んでるわけでもないのにどーしてアリーナ持っておる?
折角しわを伸ばした大事なチケットがまたクシャと音をたてる。
「ダフ屋なんて嫌いだ・・・」
あーあと盛大に溜め息をつき、太公望は開演を待つ長い行列へと足を向けた。
その時。
「おにーさん。チケット買いません?」
またかと思いつつ律儀に対応してやる自分に心のなかで拍手喝采。
げんなりと振り向き、断わろうと顔をあげて。
何かどこかで見たことある顔がそこにあった。
「・・・・・何かどこかでお会いしたようなしてないような?」
「やだなー師叔ってば、ボケちゃってv」
「・・・・って楊ぜん!何故お主がここにおるのだ?!ハッ!まさかこんなところまでわしの後をつけてきたのではなかろうな!?」
太公望はズサッと後ずさりその男------楊ぜんを睨みやった。
が、当の本人はそんな太公望のキツイ視線など気にもせず、ニコっと笑い違いますよと否定しただけ。
一方太公望のほうはといえば、内心めちゃめちゃ焦りまくっていた。
何故にココに奴が!?
楊ぜんと太公望は同じ高校のクラスメイトで、どちらかといえばまぁ、仲が良いほうだ。
というか楊ぜんのほうが一方的に好意を示してきて、それを太公望がうざったそう(酷い)に相手をしているだけなのだが。
周りからみればただじゃれあっているだけに見え、とても微笑ましいらしい。
何かといえば師叔、師叔とくっついてきて最近ではついに、好きですだの愛してるだの言ってくるようになった。
好意を持たれて嫌なわけではないのだが、男だし。うむ。これは重要だ。自分も当然男だし。
だから、楊ぜんと楊ぜんが現れてから早くなった自分の鼓動は関係ない。多分きっと関係ナイ。
何にしろ彼は太公望にとって色々と迷惑なことこの上ない存在なのだ。
そんな気持ちが顔に出たのか、楊ぜんが困ったように苦笑を浮かべた。
「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ。僕はこんなところで師叔に逢えて嬉しいんですけどねーv」
「わしは嬉しくない」
「うっ・・・なんかいつにも増して冷たくありません?」
「機嫌が悪いのだ。ちょうどお主のような服きたオジサン達のせいで・・・・・って、おい」
はた。っと視線が楊ぜんの黒いスーツで止まる。
それはちょうど先程声を掛けてきた失礼なダフ屋のような・・・・。
「お主がまさか黒服オヤジ集団の仲間だったなんて・・・」
「何なんですかその集団名は;僕今ダフ屋のバイトしてるんですv」
「ソウデスカ。わしは今さっきダフ屋は嫌いだと宣言したばかりなので、じゃあこれで」
「ちょ、ちょっと師叔!待って下さいよっ」
冷めた表情と冷たい言葉を残して立ち去ろうとした太公望を、楊ぜんは慌てて引き留める。
楊ぜんにしてみれば、せっかく逢えた愛しい彼をこんなところで手放したくはないのだ。
細い腕を掴んでその場にとどまらせたまではいいけれど、いっこうにこちらを向いてくれない。
お互いいい加減焦れてきた時、太公望が小さな声でぽつりと呟いた。
「アリーナ」
「え?」
「お主アリーナのチケット持っておるか?」
肩越しにちらっとだけ太公望が振り返る。
その仕草も可愛かったが、これで彼の機嫌が直るならっと楊ぜんは喜んでチケットを差し出した。
「商売なんで流石にお譲りすることは出来ませんが、師叔なら安くしておきますよv」
「・・・・・・なんで持っておるのだ」
「はい?」
「なんでダフ屋は絶対アリーナ持っておるのだーーーー!!」
キレた。
世の中の不条理に。なんて言えば大袈裟だが、まあその不条理に。
叫びとともに繰り出した太公望の怒りの右ストレートはあっさりかわされ、次いで楊ぜんの慌てた声。
「そ、そんなことバイトの僕に言われても困りますよ;企業秘密ってやつじゃ・・・」
「うるさいうるさい!!お主にわかるか?必死にチケット取っても結局2階席だったり、ダフ屋がチケット持っておるおかげでアリーナがまばらに空いてるの見たときとか、一列目のど真ん中がぽっかり空いてるの見て飛び降りてでもあそこに座りたいと思うこの気持ちがダフ屋にわかるか!?わからんだろーなぁーーー!!?」
「師叔っ、ちょっと落ち着いて。みんな見てますよ?;」
突然騒ぎ出した自分たち(とりわけ太公望)に何事かと人々の視線が集まっていた。
開演待ちのファンはまだいいとして、黒服のオジサン集団からの視線がちくちく痛い。
それでもなお、騒ぎ続ける太公望を楊ぜんは何とか人気のないところまで、半ば引きずるように連れてきた。
太公望も多少落ち着いたのか、今は何も言わず俯いている。
ほっとしたが、それはそれで楊ぜんにとって居心地最悪なのだけど。
「師叔・・・」
「だってファンでもないのに・・・・・・純粋にそのライブを楽しみたいファンが可哀相ではないか」
先程とは違う、怒りではなく涙さえ含んだ声。
そんな声で。
「わしだって本当に・・・・ライブ、楽しみにしてたのに・・・」
そんなこと言われたら。
ぎゅっ。
「・・・・・・もしもしダフ屋さん。イキナリ抱き付くその訳は?」
「可愛い・・・・」
「いや、可愛いじゃなくて」
どきどきどき。
何じゃ何じゃ。また心臓が・・・・。
イキナリ抱き付かれてびっくりしたのだな。うむ。そうだな。きっとそうだ。
「ねえ師叔。条件つきでならアリーナチケットお譲りしますが?」
「え」
ぱっと身体を離し、楊ぜんの言った事に思わず興味を引かれる。
楽しみにしてたライブ。やっぱり2階席なんかじゃ物足りないという気持ちがどこかにあるわけで。
その反応に楊ぜんはクスッと笑い、心持ち身を屈めて太公望に視線を合わせる。
「キス、してください」
手を日よけの代わりにし、ゆっくり空を見上げる。
・・・・・・・・・・・あー・・・太陽が眩しい・・・空が青い・・・・・・。
「えーと・・現実逃避されても」
「そんなことだろうと思っておったわ!わしは絶対嫌だからな!そんなことするぐらいなら2階席でよい!!」
「ホントに?ちょっとチュッてするだけでアリーナですよ?ずっと楽しみにしてらしたんでしょう?」
「う゛ぅ〜・・・・;」
なんて意志が弱いんだ自分よ。
楊ぜんの言葉に早くも気持ちがぐらぐら揺れ動く。
あーとか、うーとか唸っている自分を楊ぜんはニコニコと見つめている。
ってゆうかお主がしたいんだろうが。
「わーかった!ホントにちゅっとするだけだからな。ちゃんとチケットよこすのだぞ!!」
「ハイvv」
「じゃ、もちょっと屈め」
楊ぜんは嬉しそうに目を閉じ、太公望の背と同じくらいの高さまで身を屈める。
太公望は覚悟を決め、その頬に両手を添えて。
どきどきどき・・・。
(むむ。嫌みなくらい綺麗な顔しておるのう・・・睫毛長い・・・・ってうるさいぞ心臓!)
「師叔?まだですか」
「いま」
アリーナのためアリーナのためと言い聞かせ、そっとその唇に自分のを重ねた。
一瞬で離すつもりが、以外にも冷たい唇の温度がちょっと気持ちよくて。
とか何とか考える前に、既に楊ぜんにきつく抱き寄せられていて離すにも離せなかったのだけど。
いや、ちょっと待て。
話が違うぞ?
「んーんーっ!!」
し、舌を入れるでないバカモノ〜!
「よ、ぜん・・・ちょっ!んんっ」
ちょっと離したかと思えば、楊ぜんは物凄く嬉しそうに微笑み再び口を塞いでくる。
舌の感覚が痺れて麻痺して、意識さえも痺れそうになるまで口づけは続けられた。
この楊ぜん相手に、自分の考えが甘かった・・・・・。
ちょっと、で終わるはずないのに。
「・・っふぁ・・・お主何考えて・・・ぇえ?」
舌が痺れてよくまわらない口で、精一杯抗議しようとした矢先、いきなり楊ぜんに抱き上げられた。
きっと睨むと、やっぱり物凄い嬉しそうな笑顔で応えられ言葉が出ない。
そのまま暗い倉庫の中に連れ込まれた。
楊ぜんは自分のスーツを床に敷き、その上にゆっくり太公望の身体を横たえた。
「何する気じゃ」
「言わせるんですか?」
「・・・・言わんでいい」
・・・・・・・・・・・・・・。
「って違うわー!!お主話が違うであろう!?アリーナよこせアリーナ!」
「だって師叔があんまり可愛いからv」
「アホ!早くしないとライブ始まる・・・・・コラっ!なんじゃこの手は!?」
いつの間にか楊ぜんの右手は、太公望のYシャツのボタンを全てはずし脱がせにかかっていた。
焦って逃げようとするが両手はしっかり拘束され、上からのし掛かられて身動きがとれない。
大声をだそうと口を開きかけたとき、ふいに胸の突起を摘まれ代わりに鼻にかかった声が漏れる。
「っん!」
「またそんな可愛い声出して・・」
「お主・・・これを世間一般的に強姦というのでは?」
「まさか。だってちゃんと愛、ありますしv」
「わしには無いわ!!」
・・・なんじゃ。
何急に大人しくなっておるのだ。
何なのだその悲しそうな顔は。
当たり前ではないか。だいたいキスだって好きだからしたわけではない。
チケットのためだし。キスを条件に出してきたのはそっちであろう。
でも何なのだコレ。
どうしてちょっと、嫌じゃないなぁとか思っておるのだわし!?
「なんだ、師叔」
「え?」
声にも出して言っていたのかと太公望は一瞬焦ったが、そうではないらしい。
薄い胸に手を置いたまま、楊ぜんは先程とは全く違いニコニコ笑っていた。
「心臓、すごくドキドキしてるじゃないですか」
「・・・え」
「僕だから?」
え。
いつもならそこで全面否定するのだが、言葉がでない。
楊ぜんは固まってしまった太公望を楽しそうに見つめながら、優しく髪を梳いている。
どうしよう。
気付いた途端だんだんと赤く染まっていく顔を、横を向いて必死に隠す。
楊ぜんは嬉しそうに笑うだけ。
「じゃ、和姦ってことでv」
「・・・・お主最低」
「でも、好きでしょう?」
「そんなこと言っておらぬ・・・ん」
あーあ。ダフ屋なんて嫌いなのに。
なのに。
『僕だから?』
・・・・。
そうだよ。
目が覚めたらやっぱり薄暗い倉庫の中で。
身体は綺麗にされて、きちっと服も着せられ何もかもが終わっていた。
何もかも。
「ライブさえも・・・のぅ」
「だから師叔〜;そのことについては謝りますから;;」
「はぁ・・・楽しみにしておったのにのう〜誰かさんのおかげでチケット代も損してしまったしのう?」
「・・・・ゴメンナサイ」
本気でしゅんっとしてしまった楊ぜんに、太公望は声を殺して笑う。
ちょっとからかいすぎたか、とも思うが楽しいのでもう少し苛めてみる。
だってせっかくアリーナで見れるライブだったのだぞ?
キスだけで終わってれば。
「あーあ・・・わしってヤられ損」
「わかりました。次のライブのアリーナチケット譲りますから」
「それはヤられた分として・・・キスの分は?」
「ヤられたって、あれは合意の上の・・イタッ!・・・わかりましたよ、もう。今日の夕食と、僕の愛なんていかがでしょうv」
小突かれた頭をさすりながら、へらりっと楊ぜんが言ってくる。
まあ悪くはないが。
「愛はいらん」
「酷ッ」
本気で傷ついた、とでも言ったように楊ぜんは情けない目で太公望を見やるのだが。
当の太公望はクスクスと笑うばかり。
楊ぜんはもう・・と呟き、ちょっと強引にその小さな身体を引き寄せた。
「でも、そうだのう。お主が今度一緒にライブに来てくれるというなら」
「なら?」
特別に。
愛も貰っておいてやろうかのう?
end
|