ねえ どうして? 
         
         
         
         
         
        どーして! 
         
         
         
         
         
        僕の師叔はとても可愛いんです。 
        なんでも僕のこと聞きたがっていつもどうして?と聞いてくる。 
        それは師叔もちゃんと僕のこと気にしてくれている証拠。 
        意地悪して答えてあげない時は拗ねちゃって困るんです。 
        だけどそこがまた可愛いんですよね。 
         
         
        「のうのう、楊ぜん」 
        「なんですか?師叔」 
         
         
        シャワーを浴び終えた師叔がバスルームから出て来た。 
        パジャマ代わりの大きめのシャツは小柄な師叔の膝あたりまで隠している。 
        タオルで濡れた頭を拭き、僕のいるリビングへ向かう師叔に問いかけられる。 
         
         
        「今日の昼電話があってのう。勝手にわけの分からぬこと言い出して、出てるのがわしだと解ると 
        『・・・・ボスは?』とか言うのだ。う〜〜・・間違い電話だったのかのう・・・」 
        「師叔・・・また学校サボったんですか」 
        「うっ・・;しょ、しょうがないであろう!サボらねばならん状態にしたのはどこのどいつじゃ・・・」 
        「フフ・・。昨夜はちょっと無理させちゃいましたからね。すみません」 
         
         
        僕と師叔は只今同棲中。 
        どうせお互い一人暮らしなんだしこの際一緒に住んじゃいましょう!と強引に師叔を納得させたのだ。 
        学生の師叔と社会人の僕とではすれ違いが多い。 
        まして若くしていくつもの会社を持つ社長という立場なら尚更。 
        同棲したいと言いだしたのは少しでも師叔と一緒にいたかったから。 
        というわけで愛を確かめあえる夜はいつもいつも激しくなってしまう。 
         
         
        「きっと間違い電話ですよ。それかイタズラか」 
        「う〜む・・。そうじゃな」 
        「それより師叔、髪まだかわいてませんよ。タオル貸してください、拭いてあげますから」 
        「・・・うむ」 
         
         
        師叔は少し戸惑ったみたいだが、ほら、と腕を広げると僕の胸にぽすっと飛び込んできた。 
        渡されたタオルで濡れた朱色の髪をふく。時々シャンプーのいい香りがして。 
        悪戯にその頭にキスをおとすとくすぐったそうに師叔が身を捩る。 
        普段の僕ならそんな仕草も可愛いな・・・と思うところだが・・・・・今はそれどころじゃなかった。 
         
         
        (上手く誤魔化せて良かった・・・・・) 
         
         
        というのは師叔が言った電話のこと。 
        あれはきっと・・・・いや絶対に僕への電話だろう。 
         
         
        (家にはかけてくるなと言っておいたのに!) 
         
         
        多くの会社を動かす傍ら、僕は結構ヤバイことにも足を突っ込んでいる。 
        全ては今の経営状態を維持していくためだ。 
        だがそんなことに師叔を巻き込むわけにはいかず、裏事情については何も教えていない。 
        でも聡い僕の恋人のこと。いつ感づかれてしまうか気がきじゃない。 
         
         
        「のう楊ぜん」 
         
         
        呼ばれて髪を拭く手が止まっているのに気づく。 
        再びタオルで頭を乾かされ、師叔は満足そうに微笑んだ。 
         
         
        「今日のな、お主の服」 
        「え?」 
        「今日お主が着てたやつ、わしあーゆうの好きじゃ」 
        「・・・・珍しいですね。あなたがそんなこと言ってくださるなんて」 
        「パジャマはあんなにダサイのにのう・・?」 
         
         
        フフッと悪戯っぽい笑みを浮かべて見上げてくる瞳に口づけ二人で笑い合う。 
        だけど今日の服は確か貰ったもの。師叔が好きだといってくれたのにそれを思うと少し悔しい。 
        来週の日曜デートしてその時師叔に服を選んでもらおう。 
         
         
        「いたっ」 
        「あっ、すみません!」 
         
         
        キツめに髪を引っ張ってしまったみたいで声をあげた師叔を慌てて抱きしめる。 
        頭を撫でているとそっとその手を止められ大きな瞳に覗かれる。 
        あ、この目。 
         
         
        「のう。どうしてお主はそんなにわしに優しいのだ?」 
         
         
        可愛らしく小首をかしげて師叔の『どうして』攻撃がまた始まった。 
        うーん・・・今日の攻撃は一段と可愛いな。 
        不思議そうにコチラを覗き込んでくる仕草に自分の顔が緩んでくるのが分かる。 
         
         
        「だって師叔は優しくしないと壊れちゃいそうですから」 
        「む。わしはそんなにヤワではないっ」 
        「こんなに小さくて可愛くて・・・優しくしてあげたいんですよ」 
         
         
        ぎゅうっと腕の中に閉じこめると苦しそうな、照れたような抗議の声。 
         
         
        「あ、甘やかしすぎなのではないかのう・・・」 
        「そうですか?僕としてはまだまだ優しくし足りないのですが」 
        「わっ!楊ぜん!?」 
         
         
        突然の浮遊感に師叔が声を上げる。最後の言葉と同時に僕が抱き上げたからだ。 
        そのままお姫様抱っこのかたちにし、暴れる師叔を宥め寝室へと向かう。 
         
         
        「おーろーせー!!どうしたのだ突然!」 
        「もっと優しくして差し上げようと思いまして・・・ベットの中でv」 
        「い、いやだっ。わしはまだ腰が痛いのだ!」 
        「可愛いこと言う可愛い師叔がいけないんですよ」 
        「意味わからーん!!!兎に角いやだ!いやなのだっ!!」 
        「わがままだなぁ」 
        「どっちが!!」 
         
         
        TRRRR・・・ 
         
         
        TRRRR・・・ 
         
         
        「ほれ楊ぜんっ、電話じゃ電話」 
        「まったくいいところで・・・」 
         
         
        テーブルの上に置いていた携帯が鳴り寝室まであと一歩というところで足止めをくらう。 
        不服そうに顔をしかめる僕に早くでんかい! 
        と暴れる腕の中の人を一旦ソファアの上に下ろし電話をとる。 
         
         
        「はい、もしもし?あぁ・・・君か」 
         
         
        電話はどうやら裏関係の相手。 
        少し離れたところで乱れたシャツを整えている師叔には話が聞こえないよう声をひそめる。 
        怪訝そうに見つめてくる視線を感じたが仕事の話だと言って誤魔化した。 
         
         
        「じゃあそういうことで・・・」 
        「電話終わったのか?」 
         
         
        ピッとボタンを押したと同時に師叔がパタパタと駆け寄ってくる。 
        結構長く話し込んでしまっていたから一人でつまらなかったのだろう。 
        だけどあえてココは・・・ 
         
         
        「一人で寂しかったんですか?」 
        「ダッ、ダアホ!違うぞ!!」 
         
         
        どうやら図星のようで師叔の顔が少し赤い。ああ。やっぱりホントに可愛いな。 
        優しくして差し上げるべくさっそく先程の続きに移ろうと 
        師叔を抱き上げようとするが避けられてしまった。 
        師叔の視線は僕の持っている携帯電話に向けられている。 
         
         
        「師叔?」 
        「のう、楊ぜん。電話・・・誰からだったのだ?」 
        「ですから、仕事関係の」 
        「ではどうしてあんなにコソコソ話しておった」 
        「師叔は仕事の話なんて聞きたくないと思いまして・・・」 
         
         
        上手く誤魔化せていたと思ったが、さすが僕の師叔。 
        気がつかれたかと心配したけれど師叔はふーん・・・と言って納得してくれた。 
        話をそらすために何か話題をと考えていると師叔からまた『どうして』。 
         
         
        「のう。前から聞こうと思っておったのだが・・・・どうして携帯の着信履歴見せてくれんのだ?」 
         
         
        え; 
         
         
        「どうしてリダイヤルおすの嫌がるのだ?」 
         
         
        えぇ; 
         
         
        「どうしていつもわしに隠れて電話しておるのだ?」 
         
         
        えぇっと;; 
         
         
        「それはですねぇ・・・;」 
        「それは?」 
         
         
        いきなり核心をついた質問をうけ少しばかり狼狽える。 
        可愛い顔でたまにキツイこと聞いてくる可愛い人。 
        ズイッと迫ってくる師叔の顔を見ながらこんな時じゃなければ嬉しいんだけど・・ 
        とかバカな事を考えていると。 
        後ずさった拍子にポケットの中から何かが落ち、床にコトッと転がる。 
         
         
        「・・・なっ!」 
        「え?」 
         
         
        驚いたような声を上げた師叔の視線を辿った先には、今ポケットから落ちたライター。 
        しかしよく見るとそれはいつも僕が愛用している銀のものではなく。 
        100円ライターよろしく安っぽいプラスチックのライターで 
        派手なピンク色の上に何か文字が書いてある。 
        それだけでは何も驚く事はないが、そのライターに書いてあった文字に問題アリ。 
         
         
        『クラブ*桃娘v』 
         
         
        「ごごごごごごご、誤解ですっ!師叔」 
        「・・・ではどうしてお主がこんなもの持っておるのだ」 
        「これは昨日・・えぇっとそう!きっと取引先きの相手の方のものと間違えてしまったんですよ!!」 
        「・・・・・・・・・・・・・・・」 
         
         
        明らかにいかがわしい店の名前に、きっと誤解しているであろう師叔に必死に言い聞かせる。 
        まったくどうしてこんなモノが!! 
        師叔!誤解しないでくださいよ。あなたに誓って僕は一度もそんな所に行ったことはありません!! 
        こんなに可愛くて素晴らしい恋人がいるのにどうしてそんなことが出来ましょう!? 
        あなたが笑っていてくれるだけで僕は満たされるんですから・・・。 
         
         
        「ようぜん・・・・?」 
        「・・・・・・・・・・・・・・・はい;」 
         
         
        半ば自分の世界に入ってしまった僕の思考を、師叔の冷たい声が呼び戻す。 
        声とは裏腹にその顔はこの上なく極上の微笑み。 
        しかし。頭にはしっかりと怒りマークが・・・・ 
         
         
        僕の師叔はとっても可愛いんです。 
        喜んでくれた時や照れたときの笑顔は最高で。 
         
         
        にこにこ笑う師叔の笑顔は好きだけど。今はその笑顔がなにより怖い。 
        怒りのオーラが空気からひしひしと伝わってくる。 
        もう、とても誤魔化せば済むような様子ではナイわけで・・・・;; 
         
         
         
         
         
         
        その後。誤解も解け、携帯のこともうやむやに出来たものの。 
        結局それから数週間師叔に口きいてもらえませんでした(泣) 
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
        end 
         |