邪魔されたくない時間ってあるわけで。
2人のときは。
1日24時間中、約23時間は一緒にいるのに。(寝るときも一緒だから)
そのおよそ10時間は第三者も交えて一緒だったり。
だからこんな風に、今日のように、10時間の中でたった2時間でも二人きりなのは珍しい。
『ちょっと用を思い出しましたので』
そういって周の宰相がこの執務室を後にしたのが、たしか30分前。
武王はいつものことながらエスケープしており、今ここにいるのは必然的に二人ということになる。「のう楊ぜん、ちょっと休憩にせぬか?」
「ダメです。まだ全然仕事進んでないじゃないですか」
顔も上げず、淡々と自分の分の仕事をこなしながら、どうにかして怠けようとする太公望を諫める。
楊ぜんのその態度が気に入らなかったのか、太公望は出来るだけ可愛らしく頬を膨らませた。
「・・・ケチ楊ぜん」
「もう・・・子供みたいなこと言わないでくださいよ」
言葉ではそう言いながらも、恋人の可愛い仕草に折れた楊ぜんは苦笑して顔をあげる。
やっと視線が合ったことに太公望は満足げに笑って見せた。
今日はひどく天気がいいだとか、風が気持ちいいだとか、そんな風に理由を作って。
気分がいいのはもっと違うことだけど、それをそのまま態度に出すのはちょっと恥ずかしい。
だから30分は我慢したが、我慢する必要なんてどこにある?と思い直して、もっと良い気分になろうとするのは自然なことだろう。
楊ぜんもあんな事言っていたが、きっと同じ事考えているに違いないのだ。
「よしっ休憩な。そっち行く」
「え?」
ずりずりとイスを引きずりながら、向かい側の楊ぜんの位置まで移動して、密着するほど近くに座り直す。
それからぎゅっと腕をまわして抱き付いてくる太公望に、楊ぜんは驚きながらもどこか嬉しげ。
「師叔って、二人きりの時だと結構大胆ですよね」
「嫌か?」
「とんでもない。僕もこうしたいって思ってましたし」
軽々と太公望の体を抱き上げ、楊ぜんは自分の膝の上に座らせる。
執務時間中にこんなことをしていると周公旦にばれたら、確実にハリセンの刑だけど、今はその心配はない。
2時間も誰にも邪魔されないのに、これで真面目に仕事が続けられるやつはどうかしてるとさえ思う。
楊ぜんの手が、太公望の頭の布を取り去って柔らかい髪を梳く。
床に落ちた布の行方など気にならない。
かまわれていることが嬉しくて、太公望がそっと目を閉じた時。
酷くタイミング悪く邪魔者は現れた。
「あの、お仕事中失礼致します。楊ぜん様はいらっしゃいますでしょうか?」
二人の空間に割ってはいってきた、控えめな女官の声。
むっとした太公望に楊ぜんは微笑み、ちゅっとひとつ口づけてから扉に向かう。
何やら仕事の話らしいが、今のこの時間は自分たちにはそんなこと関係ないはず。
頬を淡く染めながらも、口づけ一つじゃ満足できない太公望は、そっと楊ぜんの背後に近づいた。
「・・この書簡は武成王に届け・・・・っ」
「楊ぜん様?」
「いえ、何でも・・・先程の続きですが・・・」
何でもないように話を続けながら、楊ぜんはちらっと視線を背後のぬくもりに移す。
楊ぜんの大きな身体からは、小さな身体は隠れて見えない。
それをいいことに、太公望は楊ぜんの背中にぴったりとくっついて(ご丁寧に肩布の下にもぐりこんで)いた。
では・・、と話が終わって女官が去った後も太公望は離れない。
照れ屋の恋人にしては上出来な独占欲と嫉妬の表現に、楊ぜんは嬉しさを抑えきれない。
もぞもぞと肩布の下から顔を出す太公望を、振り返りざまに抱き締めると先程よりも深く深く口づける。
しばらく水音が響き、くいっと髪を引かれたところで楊ぜんはようやく唇を解放した。
「2人の時は、ずっと、かまってもらわぬと」
「嫌?」
「・・・イ・ヤじゃ!」
こんな可愛い我が侭は時々しか聞けない。
拗ねてしまった様子の太公望の頭を優しく撫でながら、楊ぜんは苦笑した。
自分だって同じ事を思っているんだから。
「じゃあ仕事も何も出来ませんね」
「そんなの後回しでよい。お主はわしだけかまっておれ」
「じゃあ師叔も僕だけかまってください」
「う・・」
うむ、と返事をしようとして、今度は勢い良く開いた扉の音に邪魔される。
太公望はとっさにくっついていた身体を離して、扉の前の人物を見やった。
楊ぜんは大いに不満そうに。
「天化くん、ノックぐらいしようね」
「あ、悪りぃさ。それより師叔、戦闘位置のことでちょっと話があるんだけど・・・」
「・・む・・のう、天化・・・スマンが・・・」
「天化くん、悪いけど」
言いながら、楊ぜんは太公望を背後からぎゅっと抱き締める。
太公望は真っ赤になって抵抗し、天化は呆けてそれを見ている。
「こういう事だから」
邪魔したらどうなるかわかってるよね?とにっこり笑顔で言われ、その実際は笑っていない顔に天化は冷や汗を流してこくこくと頷いた。
真っ赤な恋人を抱き締めたまま楊ぜんは満足げに微笑んで見せた。
ぱたんと閉めた扉には鍵をかけ。
あとはもう誰にも邪魔されないように。
2時間後、帰ってきた周公旦にサボったのがばれて、二人は別々の部屋で仕事をさせられたらしい。
|