どういうわけか、城の庭の片隅で太公望が悲しそうに泣いています。
それを見つけてオロオロと焦る3人は彼の事が心配でたまりません。
慰めて、泣き止ませてあげましょう。
Mr.Yの大いなる誤算
挑戦者 天化
「師叔の泣き顔なんて初めて見たさ・・・」可愛いさ・・・と呟く背後で2つの物凄い殺気を感じて、天化は慌てて太公望のところへ駆けて行った。
気配を感じて見上げてくる泣き濡れた顔にドキッとしつつも、適当に声をかけて隣に座る。
そんな天化を太公望は不思議そうに見つめてきた。
それを感じ、何か言って慰めなければと思うのだが隣から潤んだ瞳に見つめられて、天化は横を向くことも出来ないでいた。
「わしに・・・何か用でもあるのか?」
「え!?・・・えっと・・・あの」
いきなり声をかけられ心臓が跳ね上がる。
わたわたと動揺している天化を太公望は今度は心配そうに見上げてきた。
いまだ瞳には涙が溜まって瞬きするたびに零れているのに。
こんなんじゃいけない!と気の利いた一言でも言うべく、まずは自分を落ち着かせることにする。
新しいタバコに火をつけ何度かふかしているうちに気持ちも落ち着き、いざこれからというときに、けほけほと小さな咳。
「・・師叔?」
「こら・・・・・けむいぞ」
煙でさらに潤んでしまった瞳で上目遣いに睨まれる。
その、かつて見たことが無い太公望の可愛すぎる表情に天化は耳の先まで真っ赤になって逃げ出した。
「どうせ俺っちはチェリーボーイさーー!!!」
うわああ〜!と泣きながら去っていく天化を太公望は首をかしげて見送り、草むらの陰で様子を伺っていた2人は若いなぁと同時に呟き溜息をつくのだった。
挑戦者 姫発
「ぷりんちゃんが泣いてるってのにほっとくわけにはいかねぇよな。ここはいっちょ腰に手でも回して・・・」
言ってるそばから後ろから強烈な蹴りを入れられ、姫発は太公望のもとまで吹っ飛ばされてしまった。
突然飛んできた姫発にびっくりして固まっている太公望に、当の本人はごまかし笑いをしてその隣に腰掛けた。
そして姫発も、天化と同様泣き濡れた太公望の瞳に一瞬頬を赤く染める。
ぷりんちゃんの泣き顔は結構見慣れているはずなのに、と不覚に思いつつ一応は平静を装って太公望の顔を見つめる。
だが、問い掛ける声は少々上擦ってしまっていた。
「太公望・・・何かあったのか?」
「・・・たいしたことではないよ・・・心配かけてすまんな」
「たいしたことなくてこんなに泣くか?普通。俺でよかったら話してみろよ」
「姫発・・・」
父譲りの、何でも許し包んでくれるような寛大さに太公望の瞳が揺れる。
そっと口を開きかけて、しかし思い直したように噤んでしまい俯いてしまった。
その拍子にぽろっと零れた涙が姫発の手を濡らし、溜息をついて苦笑した。
昔たくさんの弟達にそうしたように自然と手のひらを太公望の頭に乗せて撫でてやる。
はじめは驚いていた太公望も、その兄のような仕草に心地よく瞳を閉じた。
一方姫発は触っている髪の柔らかさと暖かさ、瞳を閉じた幼い顔と濡れた頬に暴走しそうな自分をあと一歩というところで押しとどめていた。
ただでさえ今も後ろの草むらから不穏な空気を感じるのに、これ以上はヤバイと分かっている。
しかし。
「優しいのう・・・お主」
「太公望・・・俺・・」
優しい言葉に姫発はあっさりと理性を手放す。
もう我慢できないとばかりに、頭を撫でていた手のひらで太公望をぐっと引き寄せて唇を近づける。
混乱している相手にはおかまいなしに、あと数センチでくっつくというところで姫発は後ろから襟首を勢いよく引っ張られた。
そして目にもとまらぬ速さで草むらに引っ張りこまれる王の姿に、太公望はやはり首を傾げるしかなかった。
「タイムオーバーですよ武王」
「よよよよ楊ぜん・・・いや違うんだっ!ホント!これは何というか魔が差したというか・・!」
「ほほう。僕の師叔に手をだしておいて言い訳すると?」
「・・・・・す、すいません・・・でした・・・」
恋人のこととなると悪魔のように恐ろしくなる楊ぜんに睨みつけられ、姫発は素直に謝るしかない。
それでも機嫌が直らないらしく、ボコボコにされるよりはまだマシだと鬼のような弟のいる執務室にそそくさと逃げていった。
「やはり師叔には僕でないとね・・・フフ」
真打ち・楊ぜん登場
「師叔」
「・・今度は楊ぜんか」
泣きすぎて赤く腫れてしまっている瞳に、楊ぜんは眉をひそめて太公望を抱き上げる。
さすがに慌てる太公望もこの際無視して、自分のひざの上に向かい合わせで座るような格好で腰をおろした。
人目を気にして赤くなる恋人の頬を手のひらで優しく包み込む。
「言いたくなければ構いませんが、どうして泣いてらっしゃるんですか?」
「・・・お主も慰めてくれるのか」
「当たり前ですよ。こんなあなたを一人になんてしておけません」
優しく微笑む楊ぜんに、少し乾きだしていた涙がまた溢れてきて。
それを隠すように目の前の暖かい胸に濡れた頬を擦り寄せた。
ひくっと喉を鳴らすだびに揺れる背中を優しく撫でて落ち着かせてやる。
「あなたは強がる人だから、泣きたいときには思いっきり泣いたっていいんですよ」
「よう・・ぜ・・」
「でも、笑ったあなたのほうが本当は大好きなんですけどね」
そう言って丁度良い強さで、太公望の身体をぎゅっと丁寧に抱き締めた。
そして楊ぜんは計算する。
今までの経験から、太公望がどれだけの強さでどれだけの時間抱き締めてあげれば泣き止むのか。
天化と姫発が失敗するのは計算通り。
自分でなければ慰められないという自信と恋人としてのプライドにかけて。
頼られる心地よさに胸を暖かくしながら、楊ぜんは抱き心地のいい小さな身体を閉じ込める。
太公望も大人しくその中におさまっていた。
計算によればそろそろ。
泣き止んで可愛く笑ってくれるはず。
「ほら師叔、僕がいればもう悲しいことなんてありませんから」
「ん・・・」
楊ぜんの予想どおり泣き止みそうな太公望は、泣いていたことが恥ずかしいのか小さく苦笑する。
そんな表情も可愛いけれど見たいのはもっと笑顔の恋人で、楊ぜんは多分最後の一滴だろうと思われる涙を舐めとろうと顔を寄せた。
が、その時。
「ご主人〜〜〜〜!!!!」
「スープー!!」
え?と思う間もなく楊ぜんは突き飛ばされ、突き飛ばした張本人は満面の笑顔で自分の霊獣に抱きついていた。
「ご主人〜この間は僕が悪かったッス!許して欲しいッス!」
「わしのほうこそ怒鳴ったりして悪かった。一週間もいなくなって心配したぞ?」
「し・・心配・・・?」
「当たり前ではないか。お主はわしの大事な霊獣じゃ」
「ご主人〜!!」
泣きじゃくる四不象をやれやれという感じで太公望は撫でてやる。
その瞳にはもう涙はなく、いつもどおりの明るい彼に戻っていた。
あまりの計算外の出来事に、楊ぜんは突き飛ばされたその状態のまま、ただただ固まっていた。
喧嘩して、四不象が一週間いなくなっただけであんなに落ち込んで今に至るわけで。
「カバに負けた・・・この僕がカバに・・・カバに・・・」
「僕はカバじゃないッスよ楊ぜんさん!」
「む?何そんなところで寝ておるのだお主」
「師叔〜・・・」
そっけない太公望の言葉に今度は楊ぜんが涙する。
しかし続けられた四不象の言葉に勢いよく飛び起きることになった。
「もとはと言えば楊ぜんさんが悪いッスよ!!」
「・・・ちょっ・・・スープー何を言い出す気じゃ」
「いいよ四不象、続けて」
思いもよらぬ発言に、明らかにおろおろしだす太公望。
かすかに顔が赤いところが余計に気になり、楊ぜんは話の先を促した。
「僕はご主人といつも一緒だったッスのにご主人はあんなこと・・・」
「わーわーわ!!な、何でもないぞ!聞くでない楊ぜん!」
「あんなことって?」
「聞くでないと言っておるだろう〜!」
何とかして止めようと太公望は四不象をどこかへ追いやろうとするのだが、もう遅かった。
「これからは楊ぜんさんと一緒に寝るって言うッスよ!?僕だってご主人と一緒に寝たいのに・・・!」
「スープーのばかーーーーー!!!!疾っっ!!」
恥ずかしさでどうにもならず、八つ当たりな感じで太公望は打神鞭を振り下ろした。
遠くに吹き飛んでいく霊獣の声を聞きながら、しかし太公望の全神経は背後に向けられていた。
耳まで真っ赤。恥ずかしくて絶対振り向けないでいる人の背中を見ながら楊ぜんは頬を染めていた。
「・・・それが・・・原因でケンカを・・?」
「悪いか!」
「・・・・・いえ」
一ヶ月前、一緒に寝たいと言い出したのは楊ぜんのほう。
あの時はあんなに嫌がって拒否していたから絶対に無理だと思っていた。
手をのばせば触れられるところまで来て、その気配を感じ取ったのか太公望がおずおずと振り返ってくる。
顔が赤いのは予想通り。
「・・・だって、お主が・・・喜ぶと思って・・・・」
たまらず楊ぜんは太公望を引き寄せて抱き締める。
耳元でありがとうございますと囁けば、恥ずかしそうに身体が震える。
こんな風に抱き合えるなんて、計算外にもほどがあった。
「ようぜん・・・苦しい・・・」
なんて嬉しい誤算。
すごく、あなたが可愛すぎる。
一週間後、遠く飛ばされた四不象は自力で周城まで辿り着いたらしい。
おわり。
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