乗るといえば学校まで。
今日はほんのちょっと、向こうまで。
センチメンタル・エクスプレス
朝起きて、今日は一日何をしようと考えていたら昼になっていた。
もともとそんなに早く起きた訳でもなかったからしょうがないけれど。
学校の創立記念日。
今日は学校が休みだった。
誰かと約束があるわけでもない。結局家でだらだらしようと決める。
確か昨日、ジジイが昼は外で食べるからいらないと言っていたか。
無駄に広いー・・木造の古い家に2人暮らし。人の気配はない。もう出ていったのだろう。
決まって12時に鳴り響くサイレンの音を聞きながら台所へと向かう。
この音がなければ昼飯の時間だと分からないくらい慣れてしまった。
もう、昔から。自分が生まれるずっと前はサイレンではなく鐘の音だったという。
ほんと田舎だ、と苦笑をもらす。けれどそれが決して嫌ではない。
ガタンッガタンッゴトン
遠かった音が次第に近づき窓の外に目をやればゆっくりと通り過ぎていった。
家の前には一本の線路が通っている。駅も近い。
1時間に一本というローカル線だがこの町にはなくてはならないものだ。
自分も学校までの距離を運んでもらっている。
まあまあの出来の自作の昼ごはんを食べ、洗い物をしながら昼寝でもしようかと考える。
泡を洗い流しキュッと蛇口をひねった時。
また。音。
かすかに踏切の警告音が聞こえてきた。
エプロンで手を拭きながら壁掛けの時計を見やれば丁度1時。
次に電車が出発するのは1時5分、駅まで歩いて1分。
「暇だし・・・のぅ」
エプロンをイスの背にかけ何も持たず玄関に向かう。
ポケットには少しの小銭。
家と家との間から電車が停まっているのを確認し鍵もかけずに家を出た。
ガタンッガタンッゴトン
昼のこの時間は大抵人なんて乗っていない。
しかも今日は平日だ。
たった1両のこの列車に自分と、・・・おばあさん。
乗り込んだとき長椅子に腰掛けていたそのおばあさんと目があった。
顔見知りだったので軽く会釈をし挨拶をかわす。
電車が動き始め、自分は反対側のイスに座った。
運転席と窓の外がよく見える長椅子の一番隅。自分で勝手に決めた指定席。
何処にいくわけでもない。
ゆるゆると移り変わっていく景色を眺めながらまたくすっと微笑む。
見慣れた景色でも別に飽きたりはしない。学校の行き帰り、毎日のようにみている。
ほんの1駅すぎればもう学校。5分とかからない。
だんだんとスピードにのってきた列車が景色の移り変わりを速くする。
ぽかぽかと後ろの窓から日射しが射し込み、今日は少し暑いくらいだった。
外が見たかったのでカーテンは閉めない。
それに車内はクーラーが効いていて、暑さはそれほど気にならなくなっていた。
上を見上げ、また視線を窓の外に。
小さい頃はファンデリアの風が心地よかったな。
踏切を一つ過ぎ速度が落ち始めて次の駅に到着する。
『学校前』
扉が開くが、駅に人はいない。ここも無人駅。
別にだれも乗って来ないだろうと思い扉が閉まるのを待つ。
「あっ、待ってください。乗ります」
車掌の合図で扉が閉まろうとした時、よく聞き慣れた声がした。
大声を出しているわけでもないのによく透るそれ。
視界の端にとらえた蒼にそれが誰だか確信する。
あちらも気づいたようで、おう、と声をかけると微笑みがかえってきた。きっと自分も笑っている。
隣をポンポンと軽く叩き座るように促す。
「楊ぜん」
「おでかけですか?師叔」
「この電車で行けるとこなど限られておるだろう」
「じゃあどうしてこんなところに?」
「お主こそ」
座っていても身長差は埋められないらしい。
少し高い位置にある楊ぜんの顔を見上げて聞く。
「ちょっと生徒会のほうに用があったんです。で、今がその帰り」
「ふーん・・・休みの日までご苦労なことだのう」
「それで、師叔は何故ここに?学校に用があるならさっきの駅で降りるはずですし・・」
日射しがきになったのかカーテンに伸びる楊ぜんの手を止める。
何か言いわれる前にそのままその手をぎゅっと握った。
少し驚いたような美しい顔は次第に微笑みに変わっていく。
素直に景色が見たいから、と言えばいいのに。そう言われているようでなんかムカツク。
握った手を離すつもりはないけれど。
「珍しい・・手、なんてめったに繋いでくださらないのに」
「うるさいのう!嫌なら離す」
「嬉しいんですよ。師叔、あんまり騒ぐと・・・」
「あっ・・・」
反対側のイスに座っているおばあさんがこっくりこっくりしていた。
そんなに大声で話していたわけでもないのにとっさに手で口をふさぐ。
「起こしちゃわるいでしょ?」
「まぁ・・・でも確か次の駅で降りると言っておったから後でちゃんと起こしてやらねばのう」
「そうですね・・・それで師叔はどうしてここに・・・」
「散歩だ」
「・・・散歩、ですか」
「うむ」
だって行き先は決まってない。
次の駅に着いたのでおばあさんをおこしてやった。
お礼を言って降りていくのを見送り、ふと気づく。
「のう楊ぜん。お主学校の帰りだとか言っておったな」
「そうですよ」
「じゃあ何故コレに乗ったのだ?お主の家とは反対方向なのに」
再び定位置に腰掛けながら言う自分に楊ぜんはクスっと笑った。
「僕も、散歩です」
「・・・・ふーん」
そんなに遠くにはいけない列車。終点までの短い距離。
だけど何にも考えてないのだからそれでいい。
乗りたかっただけかも。
あと、2駅。
ガタンッガタンッゴトン
川の上を通る鉄橋を渡る。日の光に反射した水面がキラキラと輝き目に眩しかった。
そこを通過してからも目が追ってしまって身を乗り出して窓に張り付く。
クスクスっと隣からの笑い声に気づき、もとの位置にぱっと座り直した。
それでも微笑む気配は変わらない。今のはちょっと子供っぽかったかも。
当然のように誰も乗らないうちに閉まる扉。停車し僅かでまた発車する。
運転席を見やると少し寂しそうな苦笑いが返ってきた。
『次は終点――――――次は終点八百津駅』
反対側の窓からのぞくのどかな田園風景がゆっくりゆっくり変わっていく。
「眠いのう・・・・」
「肩、お貸ししますけど?」
うとうとしながらポツリと呟いた言葉に楊ぜんは自分の肩を指さす。
ほんのちょっと戸惑ったが素直にそこへ頭を寄せた。
おや?・・ときっと断られるだろうと思っていた楊ぜんが首を傾げるのが解る。
眠かったし、なんとなくそうしたかったし。
「でも」
「何ですか?」
「寝てもすぐ着くだろうし・・・・・・・景色見てたい」
「・・・・・」
「でも、肩は貸せ」
「はいはい」
ぶっきらぼうに言われた言葉に楊ぜんは苦笑を漏らす。
温かい日の光と寄りかかる体温が心地よかった。
もうすぐトンネルだ。この線唯一のトンネル。
そこを抜けてちょっと行けば大きな鉄塔が目印の終点駅に到着する。
一瞬車内が暗闇に包まれそっと目を伏せる。
それは本当に一瞬で、出口から漏れる光がまたすぐに辺りを照らす。
トンネルを抜ける瞬間楊ぜんが繋いだ手をそっと握った気がした。
「師叔・・・もうすぐココ、廃線になるんですよね」
ガタンッガタンッゴトン・・・・
「・・・そうだのう」
「寂しくなりますね」
「・・・意外だ。お主でもその様なことを思うのだな」
「だってもう駅で待ち合わせて一緒に学校行けなくなっちゃうじゃないですか」
「そんな事だと思った」
呆れたように見上げても楊ぜんの表情は真剣そのもの。
はぁっとため息を吐き、走る速度が緩やかになって行くのを感じながらぽそっと呟く。
「どうせお隣なんだしお主が迎えに来るというなら一緒に行ってやってもいいのに・・・」
「え?」
「聞こえなかったならいい」
電車の音はいつも自分の目覚まし代わり。きっと無くなったら起きられない。
この指定席もあと3日もすれば消えてしまう。
移り変わる長閑な景色ももう見えない。
それがしょうがないということなど解っている。
座席のクッションが変わったし色も変わったし。カーテンだけは変わってないけど。
「寂しくなる、のう・・・・・」
終点に到着しても肩に頭を寄せぼーっとしていた自分に楊ぜんが微笑む。
動く気にはならなくてそのままでいると、いきなり楊ぜんが立ち上がった。
驚いて楊ぜんを見上げようとする前に繋いだままの手を引っ張られる。
「降りましょう。・・・・もう少し散歩しませんか?」
そう言うと楊ぜんは返事も聞かず、車掌に自分の分の料金も払ってしまった。
カーテンは変わらなかった。・・・隣の温もりは変わらないでいてくれる。
引っ張られる繋がれた手を、ぎゅっと握りかえし。
二人は終点のホームに降り立った。
end
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