普通の高校生だった。
もっと強調しておくと、普通の男子高校生だった。「ジジイ・・・寝言は寝てから言うものだぞ」
「寝言ではない。わしは本気じゃ太公望よ」
学校から帰宅して、こたつで暖まっているとジジイが来て、寝言を言った。
「だから寝言ではない。冗談でもない。これが現実なんじゃ、受けとめよ」
信じられないと食い下がるが、ジジイは平然と茶を啜っていた。
冗談じゃない?なお悪いわ!!
Happy road
X'mas ! 【前編 】
広い校庭に立つ大きなモミの木は、街でもちょっと有名なクリスマスツリある。
ーで綺麗なイルミネーションは毎年生徒自ら飾り付けるもので、今年もその時期に近づいていた。
と、実はそんなことは数日前まで知らなかったけれど確か友人がそう言っていたのを覚えている。
放課後。太公望は、そういえば生徒会室に呼び出されていたことを思い出し、窓から眺めていたまだ飾りげのないモミの木から視線を外した。
冬の廊下といえばどこからともなく風が吹き込み寒いのが定番であるが、今太公望が歩いている廊下はそうではなかった。
教室、廊下、体育館まで冷暖房完備の学生憧れの学校。
そうは言ってもスースーする足下は未だ慣れないようで、気にしていないと落ち着かなかった。
制服の丈が短いとかそういう訳ではない。サイズは丁度良いし、デザインのセンスも悪くない。
けれど、先日転入してきたこの学校で、太公望は自分の制服姿を見ては繰り返し溜息をついていた。
「望ちゃんー!」
廊下の角の姿見でまた自分の制服を見てしまい顔を顰めたまま、駆けてくる親友を振り返った。
当たり前なのだが親友も同じ制服姿で、知らず溜息が漏れる。
「なに人のこと見て溜息ついてるの」
「別に・・・・」
「もう1ヶ月経つんだし、まだ慣れないかなぁ」
「慣れてたまるか!こんなもん!」
「望ちゃんもこれから生徒会室行くんでしょ?僕も呼ばれてるんだ」
二人とも何故呼ばれたのか分かっていなかったが、取り敢えず生徒会室へ向かった。
2回軽くノックして生徒会室の扉を開けると、そこには生徒会のメンバーと顧問、何人かの生徒も集まっていた。
太公望と普賢は何が始まるのだろうと不思議そうに顔を見合わせ席につき、とりあえず顧問の話を聞くことにする。
「もう分かってるだろうけど、今日集まってもらったのは毎年クリスマスに隣の男子校と合同でやるパーティーについて打ち合わせをしようと思ってね。生徒会を含めた実行委員の君たちには明日隣の高校の委員の子達と顔合わせして貰うから、詳しいことはそこで話すことになると思うけど」
「ちょ、ちょっと太乙先生!?」
顔合わせで向こうに行く、の言葉に何人かの女生徒が控えめだが嬉しそうに囁き合う。
だが、太公望には何が何だか分からない。実行委員だなんていつ決まったのだろう?
教師に詰め寄って質問しようとしたけれど、いきなり口をむぐっと塞がれて言葉が詰まる。
「蝉ぎょ・・」
「何でもないんです先生、お話の続きをどうぞ」
「そ、そうかい?じゃあ・・あ、あと明日はツリーの飾りも始めるから動きやすい服も持ってくること。毎年ここが実行委員の腕の見せ所だからがんばってね」
話が終わるまでの間ずっと口を塞がれ続け、皆が解散したとき漸く太公望は新鮮な空気を吸い込んだ。
3人で廊下を歩きながら、ごめんーと言ってくる蝉玉に太公望は非難の目をむける。
「何なのだいきなり!死ぬかと思ったぞ!」
「だからごめんって。だってあんたあのままだと地で喋りそうだったから止めてあげたのよ?感謝しなさいよね」
「そういえば蝉玉、僕たちが実行委員ってどういうこと?」
「ああそれはアレよ。生徒会以外の実行委員は毎年立候補で決めるんだけど、私が推薦しておいたの」
なんて勝手な・・・と太公望と普賢は呆れるが蝉玉はお構いなしである。
いつ人が来てもおかしくない廊下なのに、大声で、しかももはや地でしゃべりまくっている彼女に聞いている二人のほうがひやひやする。
「隣の学校といえば男子校でしょ?だから委員の倍率高くってねー、だけどあんた達がやるって聞いて皆諦めちゃったみたい」
「どうしてだ?」
「そりゃ転入早々話題を独占していまや学校の憧れの二人よ?成績優秀、美人で可愛くて、でもそれを全然鼻にかけなくておまけに二人とも大会社の社長のお孫さんで、これだけ完璧にそろった二人に勝ち目ないと思ったんじゃない?勿論私は実力で勝ち取ったけどね!ハニーのためにv」
自慢げに話す蝉玉に太公望と普賢は平静を装いながら、内心頬をひきつらせていた。
その学校憧れの二人が実はとんでもない秘密をもっていようとは夢にも思わないだろう。
玄関ホールで別れ際に、あっと蝉玉は思い出したように二人を振り返った。
「今年はあっちの実行委員に楊ぜんもいるらしいわよ」
「楊ぜん?誰だ?」
わからないと首を傾げる太公望に蝉玉は驚いた、という風に目を瞬かせた。
知らないほうがおかしいというほど彼は有名人らいし。
「あんた1ヶ月もここにいるのに知らないの!?楊ぜんと言えば男子校のカリスマ、女生徒の彼氏にしたいNO.1な男で、顔良し頭良し家柄良しな完璧な男よ。実行委員狙ってた子はこいつのこと狙ってたといってもいいわね」
「ほーそんな奴がおるのか、すごいのう」
「あ、興味あり?美男美女でお似合いかもねー。恋が実っちゃったりして」
「なんでわしが男なんかと付き合わねばならぬのだ!!!!!・・・て、あ」
しまった、と口を噤むがバッチリと聞かれてしまっていた。
普賢に助けを求めても溜息をつくだけで、なんとか自分で取り繕うとするが彼女は勝手に誤解してくれたようだった。
「え?太公望って男嫌い?」
「え、・・あぁ!・・・そうそう、うむ実はそうなのだ」
「でも結構あっちの学校であんたのこと狙ってる奴多いのよ?女子校に物凄く可愛い子が転校してきたって」
「わしは可愛くない!!」
制服のスカートをひらりと翻し、ホッと安堵しつつ太公望は二人を置いて玄関ホールから飛び出した。
(だーもう!全部全部あのジジイのせいで〜!!!)
一月前のことだった。
「のう太公望よ、何も言わず黙って女子校に通ってくれんか」
「・・・・・・ボケたかジジイ・・」
「ボケておらん。お願いじゃから借金のかたに売られてくれ」
「はぁ?借金?」
こたつに潜り込んでいまいち真剣に聞いていなかった太公望は、そこで初めて起きあがって祖父を見上げた。
祖父が会社の社長をしているのは知っていた。借金をしているとは思わなかったが・・・だがどうしてそれで男の自分が女子校に通わねばならないのか分からない。
「借金した相手が私立の女子校と男子校の理事長でのう。前にお主の写真を見せたらえらくお気に召したらしくて、自分の学校に入学させれば借金は帳消しじゃと言われたのだ」
「で、それに飛び付いた・・と?」
「うむ」
こっくりと大きく頷き、懸命な判断じゃ・・・と一人で納得している祖父に太公望は半ギレだった。
「百歩譲って借金のかたに売られてやるとして・・・どうして女子校なのだ!?」
「写真で見ただけだったしのう、お主が可愛いから勘違いしたのではないか?」
「今すぐおのれの孫はれっきとした男だと電話しろこのクソジジイ!!男子校のがまだましじゃ!」
「それはイカン。というかもう遅い太公望よ・・・・もう入学手続きも済んでおるしのう」
「・・・・・ハハハハ・・・」
目が笑っていない乾いた笑いがしばらく続く。
そして冒頭のあの会話へと続くのである。
ひと月前はごく普通の生活を、そしてここが一番重要なのだがその生活を男として普通に過ごしてきた太公望。
彼は只今女子校に通っていた。勿論女生徒としてである。
地が結構粗雑である太公望にとって、この学校は普通の生活を送ることすら一苦労で。
おまけにかなりのお嬢様学校らしく、敬語は当たり前、上品な態度が求められ、太公望は気の置けない友人達と居るとき以外は猫を被るしかなかった。
親友である普賢は、一人じゃ心配だからと付いてきてくれた。
普賢の家柄はなかなかのもので、裏工作やら裏口入学なんて簡単にやってのけた。
女子校に通うというのに本人は自分と違って凄く嬉しそうで、そこが太公望には未だに理解できない。
はぁ・・と入学以来何百回目かの溜息をつく。
ここにきて溜息の数が増えたかもしれない。
考えて、また溜息がこぼれた。
「望ちゃん、ねえ望ちゃんってばっ」
「・・え?・・あ、すまぬ」
「ちゃんとお行儀良く振る舞わなきゃだめだよ。ほら、次あいさつ望ちゃんの番」
小さな会議室のような場所で、クリスマスパーティー実行委員の顔合わせが行われていた。
太公望は慌てて立ち上がり、簡単に自己紹介して綺麗にお辞儀し、にこりと笑った。
これがお嬢様学校による挨拶の基本だったが、もとから容姿が整っていて女子校内でも人気の高い太公望がやれば印象もひと味違う。
女生徒はいつものように見惚れ、男子校側の生徒は言葉もなく皆頬を赤く染めている。
当の本人はといえば、肩の凝る挨拶に内心ぐったりとしながら笑みを絶やさず上品に振る舞っていた。
「では、次は僕の番ですね」
女生徒側が黄色い声を上げんばかりにざわめくが、そこは流石本物のお嬢様で、イスから優雅に立ち上がる男を頬を染めてじっと見ることで耐えていた。
男など見たって嬉しくないが、真向かいに立った男を太公望も好奇心から仰ぎ見た。
「楊ぜんといいます。これからクリスマスまでよろしくお願いしますね」
軽く微笑んだだけでも一瞬で皆の心を掴んだようだった。
男の自分でも綺麗だと認めてしまえるほどの美しい外見に柔らかい物腰。
これは女子が狙わないほうが変だろうと納得していると、ふいに視線を感じる。
ぱっとそちらのほうを見てみれば、楊ぜんがこちらをじっと見ていた。
目が合うとにこりと微笑んできたのでつられて微笑み返す。
女生徒は羨ましげに視線を送ってくるが、太公望はなんだコイツと、首を傾げるだけだった。
「初めまして太公望さん」
やはりというか、楊ぜんは顔合わせが終わると太公望に話し掛けてきた。
不審に思いながらもこちらも初めましてと挨拶し、促されるまま二人並んでツリーの飾り付けのため校庭に移動する。
近くで見るともっと綺麗で、世の中にはこんなやつもいるのかと見ていると楊ぜんに気が付かれてしまった。思いのほかじっと見すぎていたらしい。
「ご、ごめんなさい」
「いえ、僕の顔に何かついてるのかなと思いまして」
「い、いえ・・・」
お約束なことを言うくせに、それが似合ってるんだから何も言えない。
無遠慮に人の顔をじっと見ていたのに嫌な顔せず、またにこっと微笑まれる。
こういう完璧な男だからもっと嫌味な奴だと思っていたが、割といい人そうで太公望も今度は作りじゃない笑顔を返した。
「太公望さんは割とカジュアルな格好が好きなんですね」
「え?」
ツリーの飾り付けなんて面倒くさいと思っていただけだったが、これが意外と楽しくて太公望はちょこまかと飾りをつけまわっていた。
丁度雪だるまの飾りを付け終えたところで、ハッして自分の格好と周りの女生徒を見比べた。
動きやすい格好といわれたから黒のスポーツジャージを着てきたのに、男子はともかく女生徒は気合い入りまくりでオシャレな普段着を着てきていた。
普賢だってジャージだが色は可愛いピンク。用意がいいというか、自分が迂闊というか。
「あのえっと・・・昨日服を全部クリーニングに出してしまってこれしかなくて・・変ですよね女の子なのにこんな格好」
「そんなことありませんよ、制服姿も素敵でしたがそういうのもよくお似合いです。あれ?でもそれメンズじゃ・・」
「え!?・・えっとあの・・・弟に貰ったんです昔・・・・」
鋭い楊ぜんに太公望は内心のドキドキを隠しながら、なんとか言い訳する。
楊ぜんは何の疑いもなくそれを信じたようで、後は和やかに話ながら飾り付けを進めていった。
周りの女子には悪いと思ったが楊ぜんとの話は楽しく、なかなか離れがたい。
女子もそうだが男子のほうも先程から太公望と話す機会を伺ってるのに、そういうのには太公望はまったく気付いていなかった。
男として出会っていたらきっと楊ぜんとは良い友達になれていたのにと、そうできなくした原因の祖父に心の中で毒づいていると、隣で飾り付けていた楊ぜんが、悪戯っぽく言ってきた。
「このクリスマスツリーにはちょっとした噂があるんですが知ってますか?」
「転校してきたばかりですからそういうのはまだ・・・どんな噂なんですか?」
「このツリーを好きな人と一緒に飾り付けると必ず恋が実るんです。現に今まで実行委員の中でたくさんカップルが出来てますし、信憑性高いと思いません?」
「・・・そうですね」
だから蝉玉は実行委員になったのかと、視界の端でハニーと飾り付けを楽しんでいる姿に納得する。
ってゆーか何故いきなりそんなこと自分に言い出したのだろう。
「じゃあ太公望さんは、別に実行委員の中に想ってる人がいるからなったというわけじゃないんですね」
「えぇ・・・友達に無理や・・いえ、推薦されて」
「僕は結構、噂を信じてなったみたいなところもあるんですけどね・・」
意味ありげににっこりと極上スマイルを受けられれば、普通の女性であれば一気におちるだろう。
しかし太公望にしてみれば、だから何なのだ、と全くわかっていない。
が、いつのまにか楊ぜんの顔が間近に迫ってきた時には流石にわかったらしく激しく慌てる。
男とも知らずに、なんて不憫に思いながらも綺麗な瞳に間近で覗き込まれ、男と知っていても頬が熱くなってしまった。
「本当に可愛いですね太公望さんは」
「あ、有り難う御座います・・・」
真っ赤になってしまった不甲斐ない自分を叱咤している太公望に楊ぜんはそっと囁く。
それにまた反応する可愛い仕草に楊ぜんはにこりと微笑んだ。
そして、俯いてしまった太公望の顔を上げることはせず、赤くなってしまっている耳へそっと囁いた。
「本当に・・・・これで男だなんて思えないぐらい」
小さな囁きにも関わらず、太公望は大袈裟なくらいバッと顔をあげ、微笑んでいる楊ぜんを凝視した。
今この男は何と言った?秘密を知ってる?
赤かった顔は一気に青ざめ、パニックを起こしそうになる頭をなんとか抑えて楊ぜんの腕をがしっと掴む。
ちょっと来い、と瞳だけで促して皆に気付かれないよう校庭を抜け出した。
「ど、どどどーして・・・・どうして・・・」
「僕が理事長の息子って知ってました?」
「!!」
動揺を隠せない太公望に対して、楊ぜんは楽しそうににこにこしている。
こんなことになっていなければ人好きする綺麗な微笑みだと思うのだろうが、今では悪魔のしっぽと角の幻が見えて仕方ない。
あまりの変わり様と理事長の息子という言葉に太公望は絶句し、立ちつくしていた。
「借金のかわりに入学してくる子なんてそうそういませんからね、ちょっと調べさせてもらったんです」
「ば、ばらすならばらすがよい!そうすればわしは自由の身じゃ」
「いいんですか?そんなことしたら退学ですよ?父はまだあなたが男だと気付いてませんし・・・ショックを受けるでしょうね。もしかしたら借金返済をまた請求するかもしれませんし、あなたのお祖父様の会社だって簡単に潰せますねぇ」
「・・・・・・どうすればよいのだ」
言葉遣いも何も忘れ、本来の太公望に戻ってしまっているが今はそんなことは関係ない。
その言葉を待っていたというように楊ぜんが妖しく微笑む。
「ばらさないかわりに、何でも僕の言うこと聞くっていうのはどうですか?」
カッとなった太公望は咄嗟に手が上がるが、頬に届く直前で楊ぜんの腕に遮られた。
かわりに精一杯、断る!と答えたが楊ぜんはひかなかった。
「普賢さん・・・でしたっけ?あの方のことも皆にばらしたっていいんですよ?」
「・・・・!!・・・・・普賢は、関係ない・・・・・言うことって何だ・・・聞いてやるから何でも言うが良い」
「ずっと僕のそばにいてください」
「・・・・・は」
思いも寄らない答えに太公望は思わず間抜けな声を上げる。
非道なことを言ったかと思えば告白めいたことを言って、何を考えているのかわからない。
目を白黒させている太公望に楊ぜんは薄く笑い、いきなりデコピンをお見舞いして意識を引き戻してやる。
「痛っ!何するのだお主!」
「ずっと僕のそばにいて、身の回りの世話をしろと言ったんですよ。勘違いしました?」
「そ・・・そんなのただのパシリではないか!誰がそんなこと・・・」
「いいんですよ僕は別にいつばらしたって、困るのはあなた方ですし」
最初とは比べものにならないほどの悪っぷりである。
太公望はう゛っと詰まり、痛むおでこをさすりながら仕方なしにしぶしぶと承諾した。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
実行委員にさえならなければ・・・蝉玉め・・いや、もともとはあのジジイが悪いとしか思えない。どうしてくれようあのクソジジイ・・・。
メラメラと報復の手段を考えていると、いなくなった自分たちを心配してか何人かが捜している声が聞こえてきた。
話は終わったし、校庭に戻ろうとしたところ、強い力で腕をぱしっと取られ太公望は顔を顰めて振り向く。
「じゃあ契約のしるしってことで」
「え・・っ・ん」
唇に何か温かいものが押しあてられる。
それが相手の唇だと理解したとき太公望は慌てて飛び退いた。
「な、ななななな何を・・・・!!」
「キス」
「それくらい知っておる!なんで男にそんなもんするのだお主はっ」
「僕は綺麗なものが好きなんですよ。あ、取り敢えず明日の朝は迎えにきてくださいね。遅刻は許しませんから」
「・・・・・・・」
悪びれたそぶりもなくあっさりと言ってのける楊ぜんに、太公望は完全に脱力する。
わしの人生最悪だ・・・と思わずにはいられない瞬間を経験したのは、これで二回目であった。
つづく。
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