ピピピ・・・っとふいに電子音が鳴り、間を置かずパカっと携帯を開ける音。
次にはぎゃー!っという悲鳴が響き、流石の楊ぜんもビクっとしてしまった。
プチ独り占め。
「な、何事ですか師叔!?」
「ようぜ〜ん・・・(泣)」急いで読んでいた雑誌から顔をあげれば、今にも泣きだしそうな恋人の顔。
今まで大人しく横でテレビを見ていたのに何事かと、楊ぜんは戸惑う。
その間にも太公望はよじよじとソファの上に登り、助けを求めるようにぎゅうっと楊ぜんにしがみついてくる。
「どうしたんですか?何が・・・」
「と、扉があってな・・・で、見てたらな・・・髪の長い女が・・貞子が・・・っ」
「落ち着いて落ち着いて」
「う〜怖かったのだぁ」
よしよしと背中を撫でられ、ようやく落ち着いたのか太公望から力が抜ける。
何がこの人をこんなに怖がらせたのだろうと、楊ぜんは原因になりそうなものが辺りにないか見回す。
太公望は普段からも怖がりで、幽霊とかの類の話をするだけで怖がってしまうのだ。
テレビは普通のバラエティ。部屋の中にそんな怖がるものなんて置いておかないし。
視界の端に、ソファの下に転がった携帯電話が写る。
その画面には、おどろおどろしい女が扉から飛び出してくる動画が何回も再生されていた。
確かに怖がりの人がコレを見れば悲鳴のひとつも上げたくなるだろう。
太公望を腕に抱えたまま、楊ぜんは手を伸ばして携帯を拾い上げる。
ボタンを操作して普通の画面に戻すと、太公望に手渡した。
「まったく、怖がりのくせにどうしてこんなの見たんですか?」
「むぅ・・わしのせいではない!このメールが悪いのだっ」
ほれっ、と楊ぜんに見せるメールには”クリックしてね♪”という文字と、先程の画像へのアドレスが書かれていた。
最近増えてきた迷惑メールの一種。
太公望はその純粋で好奇心旺盛な性格ゆえ、素直にクリックしてしまったのだろう。
「可愛いなぁ・・」
「何がじゃっ」
何故か笑顔で頭を撫でてくる楊ぜんに、太公望はぷぅっと膨れてその手を逃れようと暴れ出す。
まぁまぁ、と宥められる優しい手にもまだ釈然としなかったが、どこか安心している自分がいるのに気が付いた。
それが楊ぜんの暖かさのせいだと認めるまでには素直じゃなかったが。
「ん?このメールまだ続きがあるのう」
「またくだらないアドレスじゃないでしょうね」
「いや・・・なになに・・”これは呪いのメールです。誰か一人にこれを転送しない限りあなたは呪われ続けるでしょう”だとぉ〜!?大変じゃ!」
何が大変なのか分からないが、このメールが大変くだらないのは確かだ。
まさか本気にしたんじゃ・・・という楊ぜんの考えはどうやら正解だったらしく、太公望は転送するために慌ててボタン操作をしている。
(どうして普段ひねくれてるのに、こういうときは素直なんだろうなぁ・・・)
まぁそこが可愛いのだけれど、と言ってしまえる楊ぜんも楊ぜんだが。
太公望が携帯の画面からぱっと顔を上げて楊ぜんを見上げる。
どこかバツの悪そうな表情に、もしかして、と問おうとした時。
案の定ピピピ・・・という電子音。
「師叔・・・・僕に呪いを押しつけましたね?」
「うっ・・」
ローテーブルの上に置いてある楊ぜんの携帯電話の画面には、未読メールのアイコン。
太公望はもそもそと楊ぜんから逃げようとしているが、そうはいかない。
後ろから羽交い締めにされ、楊ぜんの胸の中に捕まってしまう。
「だ、だって、良いではないか!お主そういうの信じてないのであろう?」
「それとこれとは話が別です」
「む〜だってわし、お主のアドレス以外知らんもん・・・」
その言葉に楊ぜんは、え?と太公望に聞き返した。
怒られるのかと肩を竦める太公望を、優しく抱き込んで上から瞳を覗き込む。
「どうして僕以外のアドレス知らないんですか?そりゃ僕が買ってあげた携帯ですけど、知り合いの人とかとアドレス交換したり・・・」
「メアドだけじゃなくて番号も知らんぞ。それにわしのもお主以外だれも知らん」
「えぇ?」
「だって面倒くさいではないか。教えたり教えて貰ったり、ちまちましててやってられん」
ちなみに楊ぜんのアドレスと番号が入ってるのは、あらかじめ楊ぜんが入れて太公望に渡したから。
あの時から、ずっとメモリは一つだけだと言うのだろうか。
「よく掛ける番号は記憶しておるしのう!流石わしの頭脳〜♪って、よ、楊ぜん?」
「はい?」
見上げていた整った顔が、何故だか珍しくゆるゆるに緩んでいて、太公望は訝しげに楊ぜんの方へと向き直る。
それはまさしくデレデレといった表現が正しい緩んだ顔。
むにっと頬をひっぱっても耳を摘んでみても、楊ぜんはニコニコしたままだった。
楊ぜんの顔への悪戯に飽きた太公望は、ぽふっと胸にもたれ掛かってみる。
そして当然のように、その身体は温かい腕にぎゅうっと抱き締められた。
「メールのこと許してあげます。あなたからの呪いなら喜んで受け取りましょう」
「そ、そうか?うむ・・・あ、有り難う」
「だって僕だけにしか送れないんですもんね」
「・・そうだけど・・・お主なにがそんなに嬉しいのだ?」
まったく分からない、といった様子の太公望に、楊ぜんはやっぱり笑うことだけで応えて。
愛しい恋人を腕の中に独占しながら、パカっとその人の携帯を開ける。
小さな機械のくせに200件以上も入るメモリには、それなのにたった一つだけしか記憶されてない。
何だか独占しているみたいで。
独占されているみたいで。
ピッ、ピ。
何回かボタンを操作して、次々と自分のメール以外の迷惑メールを削除していく。
最後にご丁寧にメアドまで変えて、楊ぜんはその独占欲っぷりを発揮した。
二人で隙間なくくっついて。
独り占めの中で、また、独り占め。
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