わざとやっておるのではないだろうな?
いい感じのタイミング。
夕食後、ごろごろとこたつの中で寝転がり、わしはぼけっとテレビのバラエティを眺めていた。
別にテレビは面白くないけどこたつから出たくなくて、何となく動けない。
だって、部屋は寒いのだ。
ぬくぬくと肩まで布団を上げて丸まると、わしはとっても幸せだ。わしがこうやって安い幸せを噛み締めてる間、この家のもう一人の住人である楊ぜんは風呂を沸かしにいっている。
もちろん夕食後の皿洗いも奴がやっていた。
この寒いのにご苦労だのう〜と呑気に呟くと、ちょうど浴槽に湯をはる音が止まったところ。
大概わしが一番風呂だからすぐに楊ぜんが呼びにくるだろう。
わしが寒いとかいってだらだらしてるとあやつはすぐ怒るからのう。まったく短気なやつめ。
そう思って今日は珍しく自分からこたつから抜け出そうとしたのだが、そこへ丁度楊ぜんがやってきた。
「師叔!まったく・・・だらだらしてないで早くお風呂入っちゃってくださいよ」
わしが食べ散らかしたみかんの皮を片付けながら楊ぜんがしょうがなさそうに溜息をつく。
はぁ?
だからわしが今まさにそうしようとしとるのが見てわからんのか。
今入ろうと思ったのに!
「フンッ!」
こたつでぬくぬくした幸せ気分は急降下。
楊ぜんはいつものセリフを言っただけなのに、気分を害したわしの態度がいまいちよく分かってない様子だった。
もしくは珍しく一言で風呂に行くわしに驚いているのか。
どっちにしろムカツク。
このわしが、珍しくお主に言われる前に風呂に入ってやろうとしたのに!
風呂から上がった後も機嫌は直らず、ブスッとしたまま楊ぜんのいる居間の入り口で立ち止まる。
よく拭いてないせいで頭からぽたぽたと水滴が落ちてくる。
冷えた部屋の空気のせいでそれは凄く冷たくて、首にかけたタオルで拭こうとした。
「ほら師叔、いつもよく拭かなきゃダメって言ってるでしょう?」
突っ立っていたわしをいとも簡単に引き寄せて、楊ぜんがわしゃわしゃと濡れた髪を拭く。
・・・ムカムカ。
「・・・今拭こうと思ったのだ」
「あなたいっつもそればっかりじゃないですか」
ほらできました、と言って髪を拭いていた楊ぜんの手が離れると同時にわしはこたつの中にもぐりこんだ。
すっぽり頭まで。
わしのことならなんでもわかるとか言っておいて、そうでなくても察しのいい男だと思ってたのに。
楊ぜんならわしがやろうと思う前に、言うか行動にうつさんかい!
そんな、奴にとって理不尽なことばかりぐちぐち言っているとぺらっとこたつの布団が捲られた。
「師叔、どうしたんですか?こんなところもぐってたら苦しいでしょうが」
「・・・・・・」
「師叔?」
多分こたつの中を覗き込んでいるだろう楊ぜんが見えないよう突っ伏し、つーんと無視を決め込む。
だけど次の瞬間身体がぐいっと引かれ、わしはこたつの中から引っ張り出された。
楊ぜんはそのままわしを抱っこして自分がこたつの中に入る。
いくら暴れても力の差は歴然でかなわない上、楊ぜんのほうを見ないようにしてるのをいいことに耳たぶをぱくっと噛まれてしまった。
「・・・!!な、なにするのだ!」
「何拗ねてるんですか」
「拗ねてなどおらぬ!」
何だかむずがゆい耳をおさえて反論するが、楊ぜんはなんでも知ったかのようにクスクスと笑っている。
またムカムカしたものが大きくなるが、背中に回されている楊ぜんの大きな手がそれをとりのぞくかのようにあやすみたいに優しく動く。
もぞもぞ動いてやめさせようとしたが背を撫でる優しさはかわらない。
なんなのだ。こんな時ばっか察しが良くて。
「ねえ師叔、機嫌なおしてくださいよ」
ぎゅっと強くなりすぎないよう、それでも逃げられないくらいにはしっかりと胸に抱き寄せられる。
とかなんとか言って、ホントはわかっておるのだこの男は。
わしの機嫌が今どうなってるのかなんてきっとお見通しなのが悔しくて、頭をぐりぐりと奴の胸におしつけてやった。
効果がないのはわかっていたが、あやされただけで簡単に機嫌が直るなんて悔しいではないか。
きっとわざとやっておる。
全部わかっててわざとやってるに違いない。
「腹減った!なんか食わせろ」
「え?だってもう10時過ぎてますし、こんな夜に・・」
「くーわーせーろー!」
案の定頭をおしつけても楊ぜんを喜ばせただけで、悔しいから思いっきり我侭をいってやる。
でも困り顔の楊ぜんも一瞬で、あっと何か思い出したかのように呟くとにっこりと笑われた。
「いいもの・・・というかあなたが大好きなものがありますけど」
「なんじゃ?桃?」
「いえ、ねえ今日って何の日か知ってます?」
「はぁ?14日じゃろ・・・・何かあったかのう・・・・・14日・・って、あ」
突然目の前に現れたラッピングされた箱に目を見開く。
一度楊ぜんのほうを見て、再びその箱を見て手にとった。
軽くふってみるとカタカタと硬い音がする。
「あ、あんまりふらないでくださいよ。せっかくハート型で作ったのに」
「今年も手作りか?」
「そりゃあ師叔のためですから」
「・・・・わしからはないぞ。忘れとった」
「いいですよ。ホワイトデーに期待してます」
こういうものは何回もらっても嬉しいもので。
だけど素直に喜ぶのは癪だから、わしはいつも可愛くないことを言う。
「ホワイトデーも忘れるかもしれんぞ」
「そしたら来年のバレンタインに期待しますよ」
ちらっと上を向き、楊ぜんと顔を合わせる。
奴はいつもどおりの笑顔で、背を撫でていた手をわしの頬に移動させた。
こたつの暖かさと抱擁ですこし上気してしまった頬が優しく撫でられ、ぼーっとしている間にちゅっと吸い付かれてしまった。
楊ぜんはなんども優しく撫でて、口づける。
「機嫌直りましたか?」
「・・わかっておるくせにダアホ」
この後絶対、奴は言うのだ。
つっと長い人差し指で唇をなぞられる。
綺麗な顔が近づいてくるのを見ながら、でもやはり直前で目を閉じた。
だめなのだ。こうされるともう何も言えなくなる。
なんでも簡単に見透かすくせに。
こんなときほど察しが悪いったら。
「愛してますよ、師叔」
ああ、いま言おうと思ったのに。
Happy Valentine !!
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