もし僕がいなくなったら、あなたどうします?
居ても居なくても。
それを言われたのはつい1時間前のことだった。
わしは一瞬ぽかんとして、別にどうもせぬと言ってやった。
どんな答えを期待していたのか、にこにこ笑顔だった楊ぜんの顔が不満の色にかわる。
だって嘘ではないから。それから今まで。
二人きりの執務室なのに楊ぜんはずっと拗ねておる。
たまに話し掛けてみても見事に無視。
これがあの天才楊ぜんかと思うと可笑しくて、本当に小さな子供のよう。
「のう楊ぜん?そろそろ機嫌直らぬか?」
「僕は!」
「?」
「僕はもしあなたが居なくなったりしたら嫌なのに!」
「そりゃわしだって嫌だが・・・・」
その言葉に楊ぜんはぱっと嬉しそうに顔をあげる。
なんだか犬みたいだのう。
「でもさっきは・・・」
「居なくなったら嫌だが、それでどうする?と言われても別になにもせん、と言ったのだ」
「師叔は僕を探してくれないんですか?」
いつのまにかわしの隣には楊ぜんが居て、横からぎゅっと抱き締められる。
悲しそうな顔をしよって。ホントに犬みたいだのう。
「もしおぬしがわしの側を離れて居なくなったとしても、それはお主の意思だろうからわしにはどうすることもできぬ」
「自分の意思ではなかったら?」
「それでもお主はこっそりと離れていってしまうだろう?やっぱりわしにはどうしようもない」
「・・・・・」
「でもそうだのう・・・。お主の意思で離れたのでなければ」
「なければ?」
「絶対戻ってくるであろう?だってお主はわしにベタ惚れだからのう♪」
ぎゅっと抱き締めたまま楊ぜんががくっとわしの肩に顔を埋める。
事実を言ったまでなのに、楊ぜんの耳がちょっと赤い?
こやつでも照れることがあるのだな。
「それに居なくなったとしても死んだわけではないのなら・・・お主のことだ。遠く離れていてもその活躍がこっちにも届いてくるよ。だから寂しくない」
「師叔っ」
ぐいっとひっぱられてそのまま楊ぜんの胸の中へ。
それでも引き寄せられた勢いは止まらず、二人一緒に床の上に座り込む。
ただしわしは楊ぜんの膝の上だ。
「それでも僕は寂しいですよ」
「死んでなくて、会いたいと思えば絶対会える」
「毎日こうゆうこと出来ないんですよ?」
ちゅっと不意打ちで唇を奪われる。
「・・・っわしは別にしたくない!」
「嘘ばっかり・・・1日一回はしないと次の日拗ねるくせに」
「拗ねておらぬ!」
「はいはい。それに師叔、桃だって持ってきてあげられませんよ?」
「む〜・・・・・・・我慢する」
「師叔〜」
切り札の桃を出してもわしがこやつの望む答えを出さぬ事に、楊ぜんは情けない声を出す。
こやつはどうしてもわしに「居なくならないで」と言わせたいらしい。
そりゃホントのホントはわしだってそう思っておるけど。
あ、今のは楊ぜんには内緒。つけ上がるからのう。
「師叔・・・?」
温かい胸に頬を擦り寄せる。
低く落ち着きのある声は耳に心地よい。
これが無くなるなんて、ホントは絶対嫌だけど。
だけどやっぱりしょうがないのだ。
離れて居なくなってしまうのも、好きだから理解したい。
「でもの、楊ぜん。泣きはするよ」
「嬉しいですね・・・でも師叔、今はまだ泣かなくていいんですよ?」
気付けばわしの目からは涙が零れていた。
もしもの話なのに。
だって考えられないのだ。今はまだ暖かさが当たり前だから。
楊ぜんはよしよしとわしの頭を撫でている。
泣き顔見られて・・・・恥ずかしいのう。
「のう楊ぜん、それはもしもの話か、いつかの話であろう?まだ居なくなったりするでないぞ」
「もしも、の話ですよ。・・・はい、師叔がそうおっしゃるなら絶対」
「あと、死んだりしたら許さぬ。わしはまだお主のそばにいたい・・・」
「そんなこと言われたらもうどこにも行けないですよ」
クスッと笑って楊ぜんが慰めるように口づけをする。
あと1回。
楊ぜんはちょっと間違っておる。
わしは1日三回されんと拗ねるのだよ。
二人でいる時間が長すぎて。
なくてはならない存在は傍にあったほうがいいに決まってる。
「でも、お主が死んでも好きでいてやるよ」
「僕は死んでしまうくらいあなたが好きです」
それはもしもの話。
ホントは居なくなったりできないくせに。
本当は、もう離れることなんて考えられない。
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