「師叔、もう休まれましたか?」極軽いノック音に続いて聞こえてきた声に、んっと伸びをし仕事の手を休め立ち上がる。 
        扉へ向かう・・・・のではなく、訪ねてきたものと酒でも飲み交わそうと棚の奥へ手を伸ばす。 
        一言「開いておる」と外まで聞こえるようにいいながら一本の酒を取りだし、太公望は振り向いた。 
        そして固まった。 
        固まった拍子に手から酒瓶がつるっとすべって派手に割れた音が響く。 
        それでも動けないほど固まっている太公望は、目の前の人物をこれでもかというほど凝視していた。 
         
         
         
         
         
        お医者さんごっこ 
         
         
         
         
         
        さて、太公望が固まっている間に説明しよう。 
         
         
        最近、周城では質の悪い風邪が大流行している。 
        普段は人間界のウィルスなんてものともしない仙道たちも風邪をひき、当然普通の人間たちも例外なく風邪菌に冒されていた。 
        勿論あの周公旦でさえも今は床の中である。 
        城のほとんど全員がダウンしている中、約2名だけが無事だった。 
        言わずもがな、それは太公望とその右腕であり最愛の恋人である楊ぜん。 
        二人が無事なのは単に偶然なのだが、一部では楊ぜんの『風邪菌だろうと二人の間にはいってくるな』オーラで菌は跳ね返されているのではないかという噂が飛び交っていた。真相は定かではないが。 
        その為今までやっていた仕事はすべて二人に任され、皆の治療さえも二人でしなければならなかった。 
        頼みの太乙や雲中子も、先日人間界に降りてきたときに運悪く風邪菌をもらって帰ったらしく洞府で熱と戦っている。 
        あいにく薬の知識が欠けている太公望は、治療のほうは楊ぜんに任せて自分は仕事の方に専念して。 
        専念していたところに、治療にまわっていた楊ぜんが訪ねてきて。 
        そして太公望は固まっている。 
         
         
         
         
         
         
         
         
        ナース姿の目の前の人物に。 
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
        「あわわわ・・・・変態がおる・・・」 
        「今晩は師叔。どうしたんですか、大事なお酒おとしちゃったりして」 
        ニッーコリ。 
        じりじりじり。 
        あーあなんて言いながらテキパキと割れた瓶の欠片を拾って掃除をする変態、もとい楊ぜんから太公望はだんだんと後退していく。 
        屈んだときに覗いた太ももに、嫌なもの見たと言わんばかりに目をそらして、まずはどうやってここから逃げ出そうかと考える。 
        働き過ぎてついに壊れてしまったのか、はたまた女装好きだから仕方ないのかは知らないが、変化もしてないただの楊ぜんがピンクのナース服とピンクのキャップの姿(もちろん素脚)で現れたら誰だって怖いだろう。 
        じりじりと後退しながら何十もの逃走手段を挙げていた太公望だったが、いつのまにか目の前に迫っていたナース楊ぜんに壁とサンドイッチにされてしまい、どれも失敗に終わった。 
        「どうして逃げるんです?皆の治療の合間にせっかくあなたの恋人が訪ねて来たというのに」 
        「逃げたくもなるわダアホ!なんじゃその格好はっ!!」 
        「え?ああ、結構似合ってるでしょう?皆にも好評なんですよ」 
        「似合う似合わないの問題じゃなくて・・・って、今までずっとその格好で皆の治療をしてたのか?」 
        「そうですけど?」 
        それが何か?ときょとんと聞いてくる楊ぜんに太公望は完全に脱力する。 
        そんなことには気が付かないナースな彼は、楽しそうに聴診器をあてるような格好を真似ている。 
        「やっぱり治療は綺麗なナースにされたほうが嬉しいでしょう?薬を作って治療もして尚かつ皆の心も癒す!なんて僕って優しいんでしょうね」 
        プライドはないのかと聞いてやりたいが、多分聞くだけ無駄だろう。 
        この男はもとから女装好きなのだ。 
        太公望の諦めを含んだ長い長い溜息にも楊ぜんは気付かない。 
        「ホントに皆そんな格好喜んでおるのか・・?どう考えたって変態にしか見えぬのだが」 
        「さらりと酷いこと言いますね・・・。そりゃ全身を見たら嫌かもしれませんが上半身だけ見れば立派な美人ナースでしょう?」 
        「そうかのう・・・」 
        わざわざ美人とつけるところに今更のように呆れながら、太公望はそれまであまり見ないようにしていた目の前の姿に目をむけた。 
        どうですか?と微笑む顔は化粧までしているのかいつもより綺麗かもしれない。 
        そんな笑顔を間近で見てしまい、反射的にぱっと少し離れれば上半身全体が目に映る。 
        着やせするタイプなのか思っていたほどナース服を着た身体は見苦しくなく、綺麗な顔によく似合っていた。 
        纏められず流したままの長い髪がさらっと揺れる動きでさえ綺麗だと思う。 
        不覚にもどきどきしてしまっている心臓に太公望は慌てる。 
        そんな心中を悟られぬよう必死に顔を背ける可愛い仕草は、楊ぜんにとっては彼の心中を悟らせるには充分で。 
        「あれ?師叔、顔が赤いようですが」 
        「そ、そんなことないぞ!」 
        「流石の師叔もやっぱり綺麗なナースには弱いんですね」 
        「違っ・・」 
        否定しようと楊ぜんを振り返った途端、その顎は長く綺麗な指先に持ち上げられてしまう。 
        逃げようにも後ろは壁で、そのまま太公望はされるがまま。 
        「違うならどうしてこんなに赤くて可愛い顔になってるんでしょうね?」 
        「は、離すのだっ」 
        「ああ、師叔も風邪をひかれてしまったのですね。だから顔が赤い?」 
        「違う!」 
        まさかさっきまで変態としか見てなかった男に見とれてしまったから、なんて言えるはずもない。 
        黙っている太公望に楊ぜんは別段気にした様子もなく(きっと何もかも分かっているに違いない)、ちゅっと柔らかい頬に口づけた。 
        ぽんっと音をたてて更に赤くなる頬に微笑み優しく撫で上げた後、そっと額に手のひらをあてる。 
        「真面目な話、本当に風邪などひかれてませんか?心配であなたの様子を見に来たんですが・・・」 
        「わ、わしは至って健康じゃ。お主のほうこそ大丈夫か?」 
        「僕も大丈夫ですよ。何せ他の皆とは鍛え方が違いますからね。だけど師叔はひ弱でしょう?だから心配で」 
        「ひ弱ってお主・・・・」 
        太公望がキッと軽く睨んでも、さらりと笑顔でかわされてしまう。 
        その笑顔が彼にとって危険な微笑みだということに、少々ぽぅっとしていた太公望は気が付かなかった。 
        「だってほら、ちょっとおでこも熱いですよ。働きづめでしたし気付かないうちに熱がでてるのかもしれませんから、念のため診察しておきましょうか」 
        「し、診察って・・・?」 
        「大丈夫ですよ。あなたの嫌いな注射なんてしませんから」 
        あからさまにほっと表情を緩める太公望に、楊ぜんはそれ以上頬を緩める。 
        とりあえず、と立っている場所から寝台の上に移動して太公望を座らせ、楊ぜんはその前に持ってきたイスに腰をおろす。 
        「でもちょっとでも具合が悪いようでしたら、薬も注射も覚悟してくださいね。あなたにまで倒れられてしまったら流石の僕ももちません」 
        「う・・・・わかった」 
        「有り難う御座います。じゃ、とりあえず上の服上げて頂けますか?」 
        聴診器をあてる仕草に、太公望はなんの疑いもなく頷くと、するすると衣服を胸の上までたくしあげた。 
        あまり日に当たることのない薄い胸は雪のように白く、滑らかで。 
        聴診器を宛えば、一瞬その冷たさに太公望の身体がピクッと揺れる。 
        楊ぜんは嬉しそうに微笑みながら診察を進めていき、時々ちらりと赤い尖りを盗み見ていた。 
        それに気付いた太公望は文句を言おうとするが、気持ちに反してだんだんと心臓の音が早くなっていく。 
        「師叔、凄くドキドキしてますね」 
        「お、お主が・・・・見るから」 
        「何を?」 
        「・・・・・」 
        「ここ?」 
        「やぁ・・・!」 
        聴診器に直接胸の突起を押され、太公望の甘い声が部屋に響く。 
        ふいうちの攻撃に、油断していた身体は敏感に反応してさっと桃色に染まった。 
        逃げようと藻掻くのだが楊ぜんの力強い腕ががっしりと腰を固定していて身動きがとれない。 
        それでもなんとか悪戯をやめさせようと抵抗する可愛い人に、楊ぜんは益々行動をエスカレートさせていく。 
        「こんなに赤く腫れちゃってますね。これはちゃんと見ておかないと・・・」 
        「やめっ・・そこはいいからっ・・あ・・やだ!」 
        それまで突起をぐりぐり押しつぶしていた聴診器を、円を描くようにゆっくりと回す。 
        勃ってしまっている乳首は聴診器の動きにあわせて捏ね回され、時々強く押しつぶされたりして、更に赤くなってしまっていた。 
        それを俯いた拍子に見てしまい、太公望の顔が真っ赤に染まる。 
        本当ならここで彼から文句の一つでも飛んでくるのだが、妙な弄られかたにいつもより力が抜け、抵抗できないでいた。 
        「すごくぷっくりしてる・・・今すぐ治療しましょうね」 
        「治療・・・?何するのだ?」 
        「・・あなたが大好きなことですよ」 
        フフッと意味ありげに微笑むナースに嫌な予感がしたときには既に遅く、赤く尖っている突起をぺろっと熱い舌に舐められる。 
        よく、舐めておけば治るという言葉を耳にするがこれはちょっと違うだろうと思いつつも、反応してしまう身体。 
        「あっ・・・ヤダぁ・・・」 
        「いけませんねそんな声出して・・・僕はただ治療してあげてるだけですよ?」 
        「も、・・そこやめて・・」 
        ちゅっと音をたてて名残惜しげに突起を解放し、楊ぜんは息のあがってる太公望の頬を包み込む。 
        不思議そうに見上げてくる瞳に口づけておでことおでこをくっつけ合わせて。 
        至近距離から見つめ合うのが恥ずかしいのか、ぎゅっと目をつむってしまった恋人に微笑むと前触れなく唇をふさぐ。 
        何度も角度を変え、苦しさで開かれた唇の中に舌を侵入させて、深い口づけが続いた。 
        「よかった、熱はないようですね」 
        「〜〜っお主は普通の計り方ができんのか!」 
        「師叔には特別です」 
        「それに診察とかいってえっちなコトして・・!」 
        「師叔には特別ですよ」 
        「・・・・当たり前じゃ。他の者にこんなことしとったら許さぬっ」 
        「・・・それってあなた専属ナースになれってことですか?」 
        ねえ、と嬉しそうに抱き締めてくる楊ぜんの胸に顔をうめて、太公望は恥ずかしさをやり過ごしていた。 
        今無事なのは二人だけなのだから、どちらかが皆の看病にまわり、どちらかが仕事をこなさなければならないのはわかっている。 
        仕事も看病も大事なことはわかるのだが、自分をほっといて他の者を看病するのがちょっと嫌だと思っていたり。 
        今日、楊ぜんが訪ねてきたときも流石に格好には驚いたが単純に嬉しかったり。 
        「そうじゃ。お主はわし専属、他の者には貸し出してやっておるだけだからな」 
        「わかりました師叔。ホントに可愛いんだから」 
        「可愛くない!」 
        「可愛いですよ・・・・・ここもね」 
        「あっ・・!?」 
        いきなり自身をぎゅっと握られ太公望は息をのむ。 
        そこは先程の悪戯で勃ち上がってしまっていて、ぷるぷると震えていた。 
        「な、なにを・・・」 
        「専属らしく徹底的に診察しようと思いまして、こんなに赤く腫れてるのをほっとくわけにはいかないでしょう?」 
        「いい!別にほっといても・・・ひゃっ」 
        「看護婦さんの言うことは聞くもんですよ師叔。大人しくしててくださいね」 
        「やぁ・・・あ・・っ・・んん!」 
        上下に擦り上げていた手が離れたかと思えば、次の瞬間温かい舌がそれを包み込み、下から上へ舐め上げられる。 
        (わしの身体が心配とかじゃなくて、絶対こーゆーコトしたいから来たのだこやつは!!) 
        心の中で悪態をついてみても、口から出るのは甘い声。 
        抵抗できないくらい楊ぜんの診察&治療テクは凄いらしい。 
        「ちゃんとこうやって舐めて僕が消毒してあげますね」 
        「はぁ・・な、にを?」 
        「師叔の注射器」 
        「・・・・・・・注射器?」 
        「ほら、もうすぐ飛び出てくるでしょう?白いおくすりがv」 
        「〜〜〜〜激変態!!!」 
        そんなこんなで優秀な専属ナースの手厚い診察と治療は、太公望の白いおくすりがなくなるまで続けられたのだった。 
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
        「楊ぜん!?」 
        朝起きて、腰の激痛をつくりだした張本人に文句を言ってやろうと太公望は隣の楊ぜんを睨みつけたが。 
        顔は真っ赤で、酷い汗で、うなされている。 
        完璧に誰が見ても風邪引き状態。 
        別に働きすぎて壊れてしまったのでもなく、女装好きだからなのでもなく。 
        単に高熱でおかしくなってしまっていただけだったらしい。 
        あの姿の原因は。 
        「はぁ〜・・・」 
        「・・ぁ・・師叔?」 
        やるだけやってダウンしてる楊ぜんに太公望は冷たい視線をおくる。 
        視線の意味を理解したのか、楊ぜんはうっと詰まって素直に謝罪した。 
        「すみません師叔・・昨日はちょっと僕おかしかったみたいで・・・・」 
        「そうだのう。これだけ高熱なのだからのう。ああ、そういえば今日からわし一人で働かねばならんのう。でも腰痛いしのう」 
        「・・・・・・・反省してます」 
        とげとげしい言葉に楊ぜんがガックリと項垂れる。 
        「昨日あれだけわしのおくすり飲んだのに、治らなかったのう?」 
        「・・・・!師、師叔!?」 
        熱のせいではなく、珍しく頬を染める楊ぜんにしてやったりと太公望はニヤリと微笑む。 
        けれど一瞬の優越感は腰の痛みに消え、これから一人でこなさなければならない仕事と皆の看病に再び長い溜息をつかずにはいられなかった。 
         
         
         
         
         
         
         
        ちなみに皆が全快したのはこの三日後。 
        反対に太公望は無理がたたって入れ替わるように寝込んでしまった。 
        その横には甲斐甲斐しく看病をする専属ナースの姿があったらしい。 
         
         
         
         
         
         
         
        おわれ。 
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