太公望が周城に帰ってきたのはその日の夜遅くだった。
随分と留守にしてしまったからきっと怒られるに違いないと、皆が寝静まった頃をわざと狙ったのだ。
謝罪は明日するとして、今は誰にも見つからないようにこそこそと廊下を進んでいく。「そういえば楊ぜんのやつ、ちゃんと部屋におるかのう」
自分がいないのをいいことに誰か他の人の部屋に行ってしまったかもしれない。
いくら浮気は許さないといっても聞くような相手ではなかったし。
急に不安になった太公望は楊ぜんの部屋のほうに向かうが、明かりは消えているのに彼の気配を感じなかった。
きっと仕事だと理由をつけてみても太公望の気分は重くなるばかり。
とぼとぼと自分の部屋まで歩き、はぁっと溜息をついて扉を開ける。
「うわぁ・・!?」
と何か大きなモノに引き寄せられぎゅっと閉じ込められてしまった。
何事かと焦って逃げようとするものの、強い力で身体は拘束されていて身動きがとれない。
しかしよく考えてみればどこか慣れた感じの暖かさで、思ったとおりの声に名前を呼ばれる。
「師叔・・・!今までどこいってたんですか!?」
「楊ぜん・・・?」
怒る楊ぜんに太公望は状況に似合わず首を傾げる。
なんで彼がここにいるのかとか、なんで抱き締めてくれるのかとか。
後者のほうはとてもじゃないけど口に出せないが、久しぶりの抱擁に太公望は嬉しさを隠しきれない。
「何笑ってるんですか?」
「い、いや・・・えっと何も言わずに留守にしてスマン。ちょっと太乙のところに行っておったのだよ」
何とか腕の拘束を解いて見上げると、不機嫌なのを隠そうともしない美しい顔がアップで迫っていた。
慌てて離れようとしたが、何も言ってこない楊ぜんに太公望は不思議そうに顔を覗き込む。
「楊ぜん?」
「僕が嫌になったからですか・・・?」
「・・・・・は」
「だから他の人のところに行ってしまわれたんですか?」
「え・・・あ、いや・・お主の記憶のことで相談に行ったのと・・・ゲームしてて・・わしあの落ちゲー好きで・・」
「ゲーム・・?」
「う、うむ。すまん、つい夢中になってしまって・・」
いきなりの言葉に太公望は動揺する。
それは楊ぜんも同じのようで自分の言ったことに驚き、すみませんと近かった太公望との距離を置く。
「お主、記憶が戻ったわけでは・・」
「残念ながら。でも・・・・」
「でも?」
「でも・・・・・あの」
「心配してくれたのか?」
なーんて、と冗談のつもりで言ってみた太公望だったが楊ぜんは反論してこない。
真剣に見つめられ太公望の心臓がどくんっと跳ね上がる。
「聞けば、あなたがいなくなった場所は前に妖怪に襲われた場所だというし、いらないこと吹き込む人はいるし。あなたがいなくてイライラしました」
「・・・・・わしのことなんとも思ってないのだろう?」
「そのはずだったんですけど、凄く好きみたいで。今まで不安にさせてごめんなさい師叔」
「お主は・・・おなごのほうが、好きなのであろう・・・?」
置かれた距離がだんだんと狭くなっていく。
楊ぜんの言葉を信じられないように聞いていた太公望の耳元に優しい声が届く。
ふわっと抱き締められて。
「素直じゃないなぁ・・・」
何日も見なかった甘い笑顔が向けられて、太公望は思わずそれに見とれてしまった。
唇には懐かしい暖かさ。ちゅっと軽く重ねられ、次は深く。
知らないうちに太公望の瞳からは涙がこぼれていた。
不思議な魅力をもっていて、それに惹かれたから。
惹かれないはずないんだ。
「そういえば・・まだ謝ってなかったな」
「何をです?」
太公望が泣き止むまで楊ぜんは腕の中で髪をすきながらあやしていた。
ぽつりと呟かれた言葉に涙の跡が残る幼い顔を覗き込む。
「お主が記憶後退なんてことになったのはわしを妖怪から庇ったせいなのだ。・・スマン」
「あなたを傷つけられるくらいならこれくらい・・・記憶があっても僕はそう言うと思いますよ?」
「でもお主があんなに女好きだったとは思わなかったぞ」
「いっぱい妬いてくださいましたもんね」
「・・・誰のせいじゃ」
フフッと微笑み、拗ねてしまった人を今までの分まで存分に甘やかす。
記憶なんか戻らなくったって、こうしてまた思い合えるなら良しとしてしまえばいい。
可愛い頬にちゅっと口づけ、額、瞼、そしてまた頬、最後に優しく唇に触れる。
いつもは抵抗ばかりの太公望も、今日はおとなしくされるがままだった。
けれど楊ぜんの指先が首筋を辿りだした時初めて抵抗の色を見せた。
「ダメですか・・?」
「・・・・お主の部屋が、いい」
その可愛いおねだりに楊ぜんは喜んで承諾した。
赤い顔にひとつ口づけを落とすと、軽い身体をお姫様抱っこで抱き上げる。
太公望はされるがまま。
その様子を微笑んで見つめていた楊ぜんは・・・器用に扉を開けた後も気がつかなかったらしい。
「・・だっ・・!」
「ぬお!?」
太公望の部屋の入り口は主の身長に合わせてあり、それを忘れていた楊ぜんは思いっきり頭をぶつけてしまった。
勢いがよかったためかその反動でバランスをくずし、床にも思い切り頭をぶつける。
楊ぜんに抱かれていた太公望は何が何だかわからず、床に倒れた彼の上に乗っかっているというのを理解する頃には、もしやという淡い期待が生まれていた。
「まさか・・・・のう」
「・・・・ん・・師叔・・?」
太公望がまさか、と考えている間に楊ぜんが痛む頭を押さえて目を覚ました。
大丈夫かと問おうとしたが、それは勢いよくガバッと起き上がった楊ぜんに掻き消された。
「師叔・・!大丈夫ですか?怪我はありませんか?まったく僕の師叔に手を出そうとするなんて妖怪め・・・・って、あれ?どうして師叔の部屋に・・・・・というかどうしてこんなおいしい体勢になってるんですか!?」
「楊ぜん・・・・」
一気に捲くし立てる楊ぜんに、太公望は気が抜けたように苦笑した。
そしておなかを抱えて笑い出した恋人に、楊ぜんはますます混乱するばかりで、その様子に更に太公望は大笑いする。
「よーぜん!!」
「うわっ・・」
笑っていたかと思えば突然可愛い声で呼ばれ、事の整理中だった楊ぜんはぎゅっと小さな身体に抱き締められた。
さらにパニックする楊ぜんにも、太公望はおかまいなしにしがみつく。
離さないように離さないように。
「お主はわしだけのものなのだっ」
「・・・・・・え・・えぇぇ!??///」
と、言うわけで。
どちらにしろ今日は久々に、ラブラブ警報発令中により楊ぜん氏の自室は絶対立ち入り禁止の模様。
おわり。
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