あんまりそわそわしないで?
マイダーリン★
お空の上の天才道士といえばその右にでる者はいないとされるほどの色男である。
そのため女性との噂は後を絶たず、実際かなり遊び歩いていたらしい。
それが今はどうだろう。別人ですかと言いたくなるほど今の彼は皆が口を揃えて『太公望バカ』と言いきるくらい自分の恋人に心酔しきっていた。そんな彼が今、大変っぽい。
「楊ぜんっ・・・どうしようわしのせいじゃ・・・」
「落ち着くさ師叔。楊ぜんさんなら大丈夫だって」
「そうよ太公望!こいつがそう簡単にくたばるわけないじゃない」
二人の励ましも耳にはいらないのか、太公望は震えながら、寝台の上に横たわっている恋人の手をぎゅっと握る。
だが握っても、いつもなら笑って握り返してくれる力がないことに手が震えた。
「楊ぜん・・・」
頭には包帯が何十にも巻き付けられていて、ところどころに切り傷もある。
仙丹のおかげで傷はもう癒えかかっていたが、なにせその場所が頭ともなると油断はできない。
先程城下で妖怪仙人を相手にしていたとき、太公望を庇ってうけた傷である。
自分がもっとしっかりしていれば、と後悔の念で押しつぶされそうになりながら太公望はもう一度、楊ぜんと呟いた。
後ろに控えていた天化と蝉玉が顔を見合わせ頷き、そっと部屋を出ていこうとしたが、扉を閉める寸前で太公望の声が響く。
慌てて中に入ってみれば、先程までぐったりと横になっていた楊ぜんが目を覚まし、寝台の上に身をおこしていた。
「楊ぜんさん!もう起きあがって大丈夫さ?」
「よかったわね太公望!あんたの彼氏無事でさ」
「うむ・・・のう大丈夫か楊ぜん?」
まだ覚醒しきっていない様子でぼーっとしている楊ぜんは、それぞれ声をかけてくる三人をゆっくりと振り返った。
今にも抱き付いてしまいたい衝動を抑えて、太公望は無事でよかったと微笑みを向ける。
両手でぎゅっと握っている手をもっとぎゅっと握ると、頭がはっきりしてきたのか楊ぜんのほうも柔らかく微笑んだ。
だが太公望の手は握り返されることはなく。
それどころかスルッと手を抜き出し、その手は太公望の横を通り過ぎていった。
「美しいお嬢さん。宜しければお名前を伺っても?」
「・・・・・・・・・・・は?」
蝉玉の両手を握り締め、熱く囁く楊ぜん。
一同硬直で信じられないものを見るように、有り得ない楊ぜんの行動をぽかんと見ていた。
流石、一番に回復したのは太公望で、今のこの事態に合う可能性を瞬時に割り出す。
そう、楊ぜんは頭を強く打っている。
「っまさか・・記憶喪・・」
「いやぁぁぁぁあ・・・!!!!」
太公望の声と重なるように蝉玉の叫びが響き、楊ぜんの手を振り払うと自慢の宝貝を投げつけた。
「記憶後退・・・?」
「そういうこと」
真剣な声にも太乙は相変わらずのほほんっと答え、茶を啜った。
何やらぶつぶつと呟いている太公望の隣では楊ぜんが不思議そうに座っている。
あの後、なんとか取り乱した蝉玉を落ち着かせ、楊ぜんに色々と問いただしたがやはり誰の名前も覚えてないようで、ここに相談に来ていた。
「だって自分の名前は覚えてるんでしょう?それに私のことも覚えてるみたいだし。ねえ楊ぜん君、私のことわかるよね?」
「太乙様でしょう?とうとうボケてしまわれたんですか」
「ほらね。多分50年くらい前の楊ぜん君じゃない?」
「うーむむむ・・・・」
頭を抱えて唸るしかない。
記憶喪失よりはまだましかもしれないが、太公望にしてみればまだ記憶喪失になってくれたほうが良かったかもしれない。
50年前の楊ぜん。太公望も風の噂でだが、50年前に楊ぜんのことを聞いたことがあった。
それはもう女性関係のことばかりを次から次へと。
彼の記憶が確かならば、今横でやっぱり不思議そうに座っている楊ぜんは、かなりの遊び人で女好きの楊ぜんということになる。
「元に戻す方法はないのか?」
「さぁ・・・一応調べておくよ」
「そうか・・・」
こうなった原因が自分なだけに、太公望は大きく溜息をつくことしかできなかった。
「・・・じゃあ、今の僕は封神計画とやらに関わっていて人間界で暮らしていて、あなたの部下ということですか?」
「まあだいたいそんなところかのう」
人間界に戻り、取り敢えずこのことを武王にも報告しなければと二人は執務室に向かっていた。
楊ぜんは意外とあっさり現実を受け入れてくれたようで、記憶後退の事実を太公望から聞かされても取り乱すことはしなかった。
むしろ当人より、周りのほうが・・・というか太公望のダメージが一番大きいと言えよう。
今いるのは彼に甘くて優しかった楊ぜんではなく、仙界一のプレーボーイ楊ぜんなのだ。
「ではえっと・・・」
「太公望じゃ。お主は師叔と呼んでおった」
「では師叔、これから宜しくお願いしますね。しばらくは慣れないと思いますが、優秀な部下として働いてみせますよ」
「・・・・・・・」
「師叔?」
「・・いや、宜しく頼む」
ズキッと痛む胸を隠し、太公望は薄く微笑んだ。
最初に話し掛けたとき、誰?という目で見られた時はショックで気が遠くなりそうだった。
上司としてしか見てくれないのが、こんなに辛いなんて。
だからといって今の楊ぜんに自分たちは恋人同士だ、なんて言ってもきっと信じてもらえないだろうし嫌がられる。
(全部わしが悪いのだがのう・・・あーもう!わしのバカ!!)
ぶんぶんと首を振って暗い気持ちを振り払う。
まぁなんとかなるだろうと開き直って楊ぜんを振り返ると、そこにいたはずの彼がいない。
「?楊ぜん・・?」
先に執務室に行ったのかとも思ったが、彼はその場所を知らない。
きょろきょろと辺りを見て、廊下の角に蒼を見つけたとき。
太公望は固まった。意識せず、だんだんと眉間に皺が寄っていく。
「どうですか?これから街でお茶でも」
「え!?・・え・・よ、楊ぜん様??」
「あなたみたいに美しい女性を見たのは初めてですよ・・・・」
「楊ぜん様・・・」
「あ、そこのあなたもどうですか?ちょっとお茶でも・・」
「この浮気者ーーーー!!!!」
堂々とナンパを繰り返す楊ぜんに、ついにキレた太公望は打風刃をお見舞いする。
呆然とそれを見ていた女官にスマンと一言告げ、吹っ飛ばされた楊ぜんを引きずってその場を後にしようとしたが。
途中で回復した楊ぜんが飛び起きて太公望を責め始めた。
「いきなり何するんですか!?いくら上司でも人の恋愛を邪魔する権利はないでしょう!?」
「・・・おぬしが悪い」
「何がですか」
「・・・・・」
黙り込んでしまった太公望にはぁ、と溜息をつくと、楊ぜんは踵を返す。
離れて行く感覚に太公望がハッと顔をあげるが、その表情はまたピシっと固まった。
懲りずにまた武王よろしくナンパをしている姿にとうとう耐えきれなくなる。
無言でスタスタと楊ぜんに近寄ると、訝しげに見つめている相手をきっと睨み上げた。
「・・・師叔?」
「お主はわしのものだ!!浮気するならお主を殺してわしも死ぬ!」
「・・は?・・何を・・」
「記憶が戻るまで言うまいと思っておったがもう限界じゃ!わしとお主は恋人同士なのだ。わし以外の者に目を向けるなんて絶対許さぬ!!」
誰のせいで楊ぜんがこうなったのかは百も承知だ。
プレーボーイというのは聞いていたがここまでとは、と呆れるがムカムカした気持ちの方が渦巻いている。
過去に嫉妬しても仕方ない?いいや、これは今実際に目の前で起きておることにムカついているのだ。
嫌なものは嫌なのだ!!
いつもの楊ぜんが聞けば泣いて喜ぶセリフだが、今の楊ぜんはその勢いに圧倒されているだけだった。
「師叔は・・・女性だったのですか?てっきり男性だと・・」
「わしは男じゃ」
「・・・・・」
信じられないと全身で拒否している感じに、少しだけ胸が痛む。
冗談ではない雰囲気を察したのか、楊ぜんは一歩後ずさった。
太公望もそれにあわせて一歩近づく。
「僕はそういう趣味はないのですが・・・?」
「なんと言おうと現実にそうなのだ。浮気は許さぬぞ楊ぜん?」
「僕はあなたのことなんて何とも思ってません!」
一瞬物凄く傷ついたように太公望の瞳が悲しそうに揺らぐ。
それに楊ぜんも一瞬詰まるが、完全な不意打ちで飛んできた打風刃に舌打ちし、ギリギリでその攻撃を避ける。
流石にイライラして太公望を睨み付けるが、黒いオーラをまとったその人に楊ぜんは背中に冷や汗がつたうのを感じた。
「浮気して、記憶が戻ったあと後悔するのはお主だぞ・・・まぁ今のままでも後悔するのはお主だがのう?」
「・・・・・」
「わしの言うこと聞いてくれるの?楊ぜん。浮気なぞせぬと誓うだろう?」
「・・・・誓います・・・・」
「それでこそわしの楊ぜんじゃ」
にこっと可愛らしく微笑む姿に騙されそうになるが、黒いオーラは纏ったままで、とてもじゃないけどNOなんて言えないのである。
いつもの優しい軍師様のイメージはその場を目撃していた者全員から崩れ去った。
そんな感じで波乱の幕開け。
つづく
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