ガラスの温度分の唇 【前編 】




死刑囚が収容されている離島は人々から罪人の島と呼ばれた。







雑多な機器が置かれている監視室にいるのはここの職員である太公望と同僚の蝉玉だ。二人は部屋の隅にあったパイプ椅子を運んできて
太乙が持ち込んだ携帯テレビを前に無言で見ている。
闇が空を覆っている時間、ざわざわと画面の向こうでは人々が騒いでいた。大き目の板で作られた看板には死刑反対と書かれている。宗教団体のようだ。
若い女性リポーターが無感動に台本を読み上げている。これからリポーターの奥に映っている大きな、塀のように長い建物の中で死刑が執行されようとしているらしい。人々のざわめきが聞こえる。

日付が変わった。


ざわめきが叫びに変わり、宗教団体や人権保護団体が死刑反対と叫んでいる。
リポーターはその様子を克明に伝えていた。
その日殺されたのは白人の連続強盗殺人犯であった。



無言でテレビを見ていた二人だったがニュースが一通り終わる頃に一言呟いた。




「どれだけ悪いことしてた奴でも死刑ってあまり誉められたモンじゃないわよね」
ぽつり、と蝉玉が言うと太公望はそうだな、と頷いた。





ここ、罪人の島の職員である太公望はここの死刑囚である男と関係を持っている。
名を楊ゼン。両親を殺害、遺棄した罪で収容されている。
だが彼は残虐性を持った危険人物ではなかった。両親に自己を否定され、虐待されたせいでこのような結果になったらしい。
彼自身が自分のことをあまり語りたがらないせいかあまりその事件について詳しくは知らないのだが太公望はその事を聞こうとも思わなかった。彼が彼でいてくれるなら太公望は全然構いはしなかった。
だが楊ゼンは死刑囚だ。このテレビ画面の向こうで繰り広げられていた死刑執行日がいつか訪れる。
遅かれ早かれ確実に訪れる死刑執行日。避けられない日だった。





死刑囚を殺すのは看守である職員だ。
まず数人の看守を連れてきて一列に複数ある押しボタンの前に並ばせる。
そして厚いガラスで遮られた向こう側、死刑台に後ろ手に縛られた死刑囚を職員が連れてくる。
死刑台にはロープが括り付けられていてそこに死刑囚の首をかける。
職員はその作業が終われば死刑台から離れ、ガラスの向こう側にいる職員に合図を出す。それと共に数人の職員が一斉にボタンを押すのだ。押された瞬間死刑囚の足元は落ち、一瞬のうちに死刑囚は宙吊り状態になる。そこで死ぬまで吊るされ続けるのだ。
そして吊るされた死刑囚を死亡確認するまでが死刑である。
職員は死の瞬間を見続けるのだ。





「嫌だな・・・、人を殺すと言うのは」
囚人が収容されている一室にいる太公望は部屋の主に言った。
囚人用の部屋は部屋をガラスで仕切られていて、囚人と看守が直接会わないようにしている。看守の身に何かあっては困るからだ。しかし太公望は廊下がわに面している狭い看守のためのスペースではなく、ガラスの向こうの囚人用のスペースにいた。
そう、ここの部屋の主は楊ゼン。太公望と関係を持っているただ一人の人物だ。
太公望は備え付けられてある粗末なベッドに腰をおろし、楊ゼンに背後から抱きしめられた体勢で彼に身体を預けている。背中に温かい体温が伝わってくる。
太公望の台詞に楊ゼンはそうですね、と軽く答えた。しかし強くなった腕の力に己の失言に気付いて慌てて言葉を重ねた。
「楊ゼン、お主が悪いと言っているのではないぞ。ただわしは・・・」
言葉半ばで楊ゼンが太公望を手で制す。
「わかってますよ、太公望。貴方が僕を責めているわけじゃないってね」
太公望は身体を抱き合うように向きを変えると楊ゼンが笑っているのに気付いた。
「貴方はただ単純に殺人に恐怖を感じているだけなんですよね。わかってます」
抱き合ったまま楊ゼンは太公望の肩に頭を埋めた。



「人を殺すのは怖いです。僕もそうでした。何だって、生きているものの息を止めるのはすごく怖い」


太公望は楊ゼンの身体をぎゅっと抱きしめた。大丈夫だとでも言うように。


「両親を殺したときは血が溢れ出て、叫びが鼓膜に響いて息の根が止まるまでのしばらくの間の彼らの目が怖かった」



ぽんぽん、と太公望は彼の背中を叩く。
楊ゼンは顔を上げて太公望に口付けた。
その唇が離れた時、楊ゼンは小さく言った。















「ただね、覚えていて下さい。人間という生き物は愚かしい生き物で自然界の中で唯一同族殺しをするんですよ」





















監視室で茶を飲みながら太乙と他愛もない話をしていた。
話の中身はあまり頭に入ってこない。考えているのは楊ゼンの言葉。
同族殺しは人間だけがする事。
確かにそうらしい。人間以外の動物は確かにそう簡単に同族殺しはしない。
あると言えば親が子を殺す時が主だったものだろう。
例えば人間に飼われているハムスターや兎。彼らは生まれた時の子供を人間や他の生物に見られると親が子を食い殺す。これは自分の子が取られてしまうと言う考えが働いてしまうためこうなるらしい。
己が母親と言う立場にしがみつく場合だ。
だがそれ以外で淘汰されていく子供達は成す術もなく自然界の波に消されていく。
なんにしろ人間以外は自然界の掟に従っている。






しかし人間は





同族を殺すことをもろともしない。









「ねえ、聞いてるの?」
太公望がはっ、と気がつくと太乙はいぶかしげな顔をして彼の目の前でひらひらと手を振っていた。
「あ、ああ。すまん、太乙。別の世界に行ってた」
慌てて自分の思考を太乙に戻し、軽く冗談を言うと太乙は笑う。
「最近君はどこか遠くに行くことが多くなったね。どうしたの?」
笑いながら聞いてくるが太乙は多分本気なのだろう、と太公望は思った。
「別に・・・。何にもないよ、何にも」
普段と変わらない飄々とした態度で太公望は言った。


「嘘つき」


太乙は笑ったまま太公望に言った。
「何が?嘘つきも何もわしは嘘など言っておらぬぞ」
こちらも笑いながら言えば彼はいっそこれ以上ないという程の温和な顔をしている。
「君が何に悩んでいるのか知ってるんだから」
ピンと空気が張り詰める。
だが話を持ち出した太乙は笑ったままだ。





「深入りは禁物って警告したはずなんだけどなあ」





太乙は知っているらしい。太公望と楊ゼンの関係について。
そしてその事にかなり怒っているみたいだ。


「怒っているのか?」
「当たり前」
笑って聞けば太乙は表情を一変してどこか怒りを込めた無表情になった。
「君は一度情を抱いた人間にはとことん甘いからね。これから死ぬ人間に対してそんなことしたら君が傷つくのは目に見えてる」
正論だ、と内心思いながら太公望は別段何とも思わなかった。
「死刑囚は看守が殺すんだから尚更だ。君に彼を殺せるのかい?」
そう、死刑囚を殺すのは看守の役目。
自分が殺したかどうかもわからない死刑執行。
しかし自分にはそれを執行する気など更々ない。



「殺すなどとんでもない。楊ゼンを死刑執行から守ってやるよ」









「どういう・・・」
ことだい、と言い切る前に扉が開き、同僚の蝉玉と普賢が帰ってきた。
話はこれで打ち切らざるをえなくなってしまったので二人は先程の空気を一掃して何事も悟られないようにした。
蝉玉らは太公望と太乙の行為に気付いた風もなく、がさがさと書類を出し始めた。
それと共に彼らは太公望と太乙の近くにパイプ椅子を出し、お互いに顔を見合わせられるよう腰をおろした。
「さっき連絡がきてさ、うちでの死刑執行命令がきちゃったの」
先程あさっていた書類を手に蝉玉は気まずそうに言った。
太乙はそうかい、と少し気落ちしたように答える。
「で、誰なんだ。その死刑囚は」
太公望が聞くと蝉玉の隣に座っていた普賢が彼女の代わりに答えた。










「ここの死刑囚ナンバー0624の楊ゼンだよ」













死刑執行日は今日から一週間後。



















蝉玉が見回りに行って監視室に残されたのは三人。
その途端、普賢は太公望の向かいになるように椅子を動かして座った。
「どうしたんだ、普賢」
太公望の問いかけに答えるでもなく、普賢は少々怒気を表した表情になった。
その様子に太乙は何もいわず部屋から出て行った。
普賢はそれを気にするでもなく太公望に問い掛けた。
「望ちゃん、最近望ちゃんがある死刑囚の所に通ってるって聞いたんだ」
以前太乙に同じ事を言われた。
普賢は知っている、太公望は思った。
「それが楊ゼンだって事も聞いた」
間違ってない?と普賢が聞くと太公望は頷く。
「二人はどんな関係なの?」
分かっているくせに、と内心思いながら太公望は建前を言ってみる。
「友達みたいなものだ。妙に気が合ってな」
笑いながら軽く言った。
太公望は返ってきた答えには笑いそうになる。








「嘘つき」







本日二回目の嘘つき呼ばわり。
あながち間違ってはいないけれど。








「知っているんだよ。君が楊ゼンを好きなこと。職権を自分の都合の言いように乱用してる事だって知ってる」
睨み付ける、というよりはどこか心配そうに見てくる普賢に別段心を動かされる風もなく太公望は皮肉な笑みを浮かべる。
「職権乱用とは心外だな、何がどう職権乱用なんだ?」
普賢は諦めたように言った。
「君がここの職員の内三人しか持っていない囚人の部屋の中の鍵を使いまくってることだよ」
ガラスで仕切られた室内。それは看守用と囚人用に作られた別々のスペース。それを無視する事は職権乱用と言う以外何と言うのか。普賢はそう言いたいらしい。
「だからなんなのだ。言いたいことがあるならさっさと言え」
事も無げに言った太公望に少しむっとした普賢が少々声の大きさをあげた。
「だったら言うよ。楊ゼンは死刑囚だよ。望ちゃんの一番嫌いな人殺しをやってきた人間だ。しかも楊ゼンは親殺し。君が好きになるような人間じゃない」
太公望は確かにそうだ、と思った。自分は殺人と言う行為が一番法に触れることでは嫌いだし楊ゼンが親殺しなのも事実だ。しかし楊ゼンを悪く言われて太公望は苛立ちを隠さずに言った。
「楊ゼンだって好きで両親を殺したんじゃない。楊ゼンは本当は両親が好きだったのだ。しかし親に虐待され存在を否定されて、幼子の頃からそれでは親殺しになってしまうのも無理はないではないか。楊ゼンは両親に愛されたかったのだ」
必死で言う太公望に普賢も負けない。ここで普賢が負ければ確実に太公望は楊ゼンを愛し続けてしまう。そして死刑執行日を迎えてしまうのだ。それだけは避けなくてはならない。
「それだって楊ゼンは両親を一息に殺すだけじゃなく、数え切れないほどの刺し傷を彼らに負わせたうえ、その死体を血の海の中放っておいたんだよ。そしてなによりも彼らは両目を潰されてたんだ。その残虐性が指摘されて虐待された過去も凌駕して減刑されなかったんだ」
君は知ってるの?と聞かれた。
太公望は知らない。聞かなかったからだ。
だがそんな事を聞いても太公望は楊ゼンを諦める気はなかった。
ガラスを越えることをやめる気はないのだ。
仕方がない。ガラスを越えなければ楊ゼンと触れ合うことは出来ない。
ガラスに邪魔されるならガラスを超えていかなければならないではないか。
普賢の言いたいことはわかる。自分を心配してることだとも。
だが改心する気など更々ない。
「何を言われようとわしは自分の意思を曲げる気はない。諦めろ」
冷たく言い払うと普賢はそう言うと思った。と言って急に太公望の胸ポケットに入っていた鍵を取った。
「何をする・・・!!」
その鍵は囚人の部屋にあるガラスを越えるための鍵。太公望と太乙、そして普賢しか持っていない貴重な鍵だ。
「これは預からせてもらう。君はもうこれ以上彼に深入りすべきじゃない」
普賢は取り戻そうとする太公望の腹に蹴りを食らわせた。
蹲る太公望に普賢はすまなさそうな顔をする。
「ごめんね。でも、こうしないと諦めてくれないでしょう。」







バタン、と扉が閉まる音が聞こえた。







 

 

香月紫蘭様から頂きましたv

「ガラスの厚さ分の距離」の続編です。
しかも前編です!またまた気になるところで終わってますね〜><。
楊ぜんの死刑執行の日が近づいて、このあとどうなるかハラハラしてしまいます。
師叔の「守ってやる」宣言が格好良くてv
例え死刑囚でも看守という立場でも楊ぜんを死なせたくないのですね。
でも死刑執行の日が決まって・・・・師叔がどう動くか気になります!
諦める気はさらさらないでしょうし、かと言って鍵が・・・・。
ガラスごしでしか触れ合えなくなるのでしょうか。
障害のありすぎる恋・・切ないです。
でもだから余計に燃えてしまうのですけどv

気になる後編のほう、楽しみに待たせていただきます^^