天使が産み出される時
     











深夜に路地を軍人達が走っていく。レンガで積み上げられた家々をくぐり抜け、街を縦横無尽に走り回る。
静寂をたたえるべきこの時間帯にも関係なく、彼らは声を張り上げ一人の人物を追った。
追っている人物は最近此処の辺りを荒らしている盗人。今は姿は見えないが小柄な少年らしい。
それを追って睡眠時間返上で軍人は追跡していたのだ。
時間帯は必ず人が寝静まった深夜なので付近の住民を始め、軍人はいい迷惑だった。








「夜歩き回るのは殺人者と娼婦と怪盗と決まっておるのにな」
くすくす笑いながら呟いた少年は一人、人気のまったくない路地裏を歩いてた。手には重たそうなショルダーバックを抱えて。


「貴方の場合怪盗というよりただのこそ泥という観が強いんですけど」
自分以外の声が聞こえて少年は足を止めた。振り返らなくても分かる自分が嫌だった。
言葉の内容がえらく自分に対して失礼な事に気がつきしぶしぶ少年は振り返る。
「失礼だな、楊ゼン」
振り向けば予想通りの笑顔を称えた美男子が立っていた。
「やだなあ、本当のことですよ。大体怪盗は予告状出すのが一般常識でしょう?」
貴方不意打ちじゃないですか、と笑いながら男が言う。
少年はそういえば怪盗は出すのだな、と軽く考えた所で相手が一番一般常識から外れている事を思い出した。
「一般常識で言えばお主は何故わしを捕まえんのだ。中央独立軍事警備部隊隊長楊ゼン中佐殿」
皮肉めいて少年が言うと楊ゼンと呼ばれた男は笑みを崩さずに言った。
「だって僕は貴方なんかすぐに捕まえられるんですよ?すぐに捕まえたら面白くないじゃないですか」
要領は悪いし特技なんて逃げ回ることとせこいこと考えるだけみたいですし、とこちらが脱力するような台詞に少々少年は軽い怒りを覚えた。
「本当は捕まえられないだけではないのか?」
挑発して言うと楊ゼンはまさか、というような顔をする。
「逃がしてあげてるだけですよ」
正に自分をなめきっている相手の態度にふつふつと怒りを煮えたぎらせて彼を睨んだ。
「だめですよ、望。そんな可愛い顔で睨まれたらいくら僕だって狼さんになりますよ。」
一瞬殺意に近いものが少年を包んだ。
望と言う名の少年は相手のペースに飲み込まれている事に気がつき首を左右に振った。
「ええい、お主ではまともな会話は出来ぬわ。わしはもう帰るぞ」
手には盗品を抱えたまま望は視線を楊ゼンに残したまま元の方向へと振り向き直った。
「ええ、ご自由に」
また会いましょう、と去り際に言われて望は脱力するほかなかった。
誰が会うか、と内心舌を出しすぐ歩き始めた望は知らなかった。その後楊ゼンがずっと笑って立ち尽くしていたことを。









身体が痺れる程の感覚が襲う。
彼の言葉が零れる度に鼓膜は急に清浄化する。
彼の視線を感じる度に自分の皮膚が洗われていく。
そう、いうなれば自分はあの人用にカスタマイズされる。
それも悪くない、という自分がいる。
それが心地よいという自分がいる。
生きると言うことを教えてくれた彼のために生きることを望む自分がいる。






人生さえもあの人用にカスタマイズ。





ああ、なんて心地よい響き。











楊ゼンと別れた後、望は廃屋と呼んだ方が正しいだろうという程の古びた家屋に入った。
中にはやはり古びた家具が多少広い此処にぽつりぽつりと置かれている。どうやら望は物欲に乏しいらしい。
部屋の中央付近にある家具に腰を下ろし、手に持っていた荷物を手放し重力に任せた。硬質的な音がした。
「ただいま、天使様」
望は椅子の正面の壁にかけてあるあまり大きくはない絵画に声をかけた。描かれていたのは一人の天使。月夜に白い羽と赤い髪が印象的だった。これはいつだったか望の盗品に紛れていた物だった。望はいれた記憶など全くもってないのだが自分と同じ髪の色をした天使に心を惹かれたのだ。自分もこの天使のように綺麗な者になりたいと望んでいるのかもしれない。
「天使様、また奴に会ったのだ。わしとは正反対の青い髪をした奴に。もう幾度会ったかわからないよ」
足を椅子の上に乗せて抱く。小さい彼が余計小さく見えた。
「奴は中佐なんていうわしなどお目にかかれない位の立場の高い人間なのにわしに敬語を使うのだ。もう何度も天使様に話したのぉ。いつもいつもふざけておってわしをからかうのにわしは実のところ嫌ではないのだ」
望は静かにゆっくりと語った。ただ一人の話相手である天使に。
「天使様以外ではわしを相手にしてくれるのは奴だけだ。わしに話し掛けて笑いかけてくれるのは奴だけなのだ。一人で生きていこうと思ってるのにあんな風に接せられるとだめだよ。人を求めてしまう」





「もう人は信じたくないのだ。残されるのは嫌だから。人の温かさは手放すには辛すぎるものだから」




天使は静かに聞いていた。




小さい頃貧民街で孤児仲間と暮らしていた頃、貴族階級の貧民街潰しが時折行われていた。この時代は貴族階級のものだけが裕福な人生を送っていける。それ以外は虫けらなのだ。日々の食料にすら当てがなくなる状態。そんな時を望は送った。
そして望の住んでいる貧民街にも貴族階級の手が回った。

皆殺しだった。



最後は火で焼き払われた。




望は友人の死体を葬ることすら出来なかった。


残ったのは焼け野原と鼻の曲がるような異臭だけ。



望はその日食料を探す役目でそこから離れていたため助かった。いや助かりたくなかったのかもしれないが。


それから望は決めた。
貴族階級の有り余る富を奪って下級の市民に分け与えるのだ。どうせ貴族の大半は犯罪者だ。なんのことはない。
だがそれは険しい道だった。軍人に追われ、貴族階級の追っ手に気を張り詰めながら細々と過ごした。
人との交流も避け、一人で生きていくことを己に誓った。
だが例外が出来てしまったのだ。
自分とは敵対関係にあるはずの軍人。人との交わりを心地よいと感じてしまった。
例え気まぐれでも望は嬉しかった。彼が自分に笑いかけてくれることが。








「本当に貴方は行動パターン読みやすくていいですね」
人気のないこの間とは違う路地で聞こえたのはやはり楊ゼンの声だった。
「仕事すれば?」
じろりと睨んで盗品を持った望が言った。
端的に言ったのは行動パターンが読みやすい、要するに単純と言われてむっとしたせいである。
その言葉に気を悪くした風もなく楊ゼンは笑っている。
「やだなぁ、僕が仕事したら貴方なんて一瞬のうちに牢屋行きですよ」
さり気に馬鹿にされたことにまたまた望はむっとした。
「ええい、お主はわしに喧嘩を売っておるのか?!」
「まさか、貴方に気にしてもらいたいだけですよ。ほら、好きな子ほど苛めたいってね」
楊ゼンが本心で言っているわけではないとわかってるのに望は彼の台詞に反応した。
「好きだとかはお主が本当に好きな女性に言ってやれ」
本気でないなら言うな、と暗に言ったつもりだった。
冗談で済ませれば良かったのかもしれない。







「本当に好きな男性には言っちゃいけないんですか?」






一人で生きていくのだ。自分は。
「からかうのはよせ、中佐殿」
「からかってなどいませんよ、僕は本心で言っているんです」





「流石に色男は何を言っても様になる」
「茶化さないで下さいね。本気ですから」
流せないことに気付いた。今更になってから自分の言葉の選択は誤っていた事に気付く。








「貴方が好きなんです。望」









天使様、望は夢を見ているようです。







「中佐殿、貴方には輝かしい未来と地位が約束されている、そして行く末は素晴らしい奥方を迎えることになるだろう」
望は楊ゼンに背中を向けて言った。
「もし貴方と天秤に量ったならそのようなもの何のつりあいもとれないでしょう」
盗品をぎゅっと握り締めた。
「わしは孤児で泥棒だ。中佐殿は本来関わりあうべきではない」
後ろには振り返れない。
「孤児だろうが泥棒だろうが関係ありません、貴方が好きなんですから。ああ、なんなら僕も貴方と盗みでもしましょうか」
きっと彼は笑っているだろう。いつもの顔で。包み込むような笑顔をしているのだ。
「生憎とわしはお貴族様が嫌いでな。中佐殿とも反りがあわないだろう」
それを見たら自分はもう。
「ああ、なら僕は軍を抜けて一般市民として過ごしましょう。心配いりませんよ、家事や節約も心得てます」
振り返ればきっと彼から離れられなくなる。






「ねえ、もういいでしょう?望。こっちを向いてください」
足音が近づく。肩に楊ゼンの手が触れた。
望は振り向かなかった。いや、振り向けなかった。楊ゼンの顔を見れなくて。
楊ゼンは望を抱きしめた。顔をのぞき見る。





「望、いいお話をしてあげましょう」
抱きしめたまま楊ゼンは言った。




「昔裕福な家に少年は産まれました。少年は愛情以外のものには全てにおいて恵まれていました」




少年は素晴らしい才能を持っていたため、幼い頃から英才教育を施され軍に入隊させられました。
しかし少年は自分の意志とは別に自分自身が動かされていることに気付き絶望しました。なんて自分は愚かなのだろうと。
少年はあまり物事に執着を持たなかったためその流れのまま生きていきました。
彼は生きていることさえ感じなくなったのです。
少年は青年になり、成人し大人になっても生きているようで生きていませんでした。
青年は軍でも異例の速さで出世をし、二十代の若さで高官になりました。
高官となり、何不自由ない生活を送っていても青年は生きると言うことをしなかったのです。
そして青年は自分の管轄区を歩いていると一人の盗人に会ったのです。
盗人は小さな身体で一生懸命生きていました。
自分を貫いて孤独と一人戦っていました。それを見た青年は少年に問い掛けました。
何故一人でそこまで生きて行けるのか、と。
盗人は答えました。
自分が自分であるため、そして。




自分を捨ててしまわないため、と少年は答えました。




青年はそう言いながらもどこか寂しげな少年に惹かれだしました。ゆっくり、そして確実に。
青年は決めました。少年を温めようと。
孤独と懸命に戦う少年にぬくもりをあげたくなったのです。





「青年は今もただ少年を欲しているのです。望、貴方だけを」














天使様、どうしよう。一人で生きていくことを誓ったのに。優しい男の体温がこんなに愛しいと感じてしまうなんて。



しかも相手は自分の嫌いな貴族で軍人で自分なんかつりあいが取れるはずのない美しい男。
だめだ、と理性は言う。けれどもうだめだと気がついた。心が止まらない。






「わしは我侭なのだ。一度手に入れたら束縛して二度と放さなくなる」
背中に感じる体温に泣きそうになりながら言った。
「ああ、じゃあ一緒ですね。僕も我侭なんです。僕は独占欲強いですから苦労しますよ」
楊ゼンは軽く笑いを含んで言った。
「わしは寂しがり屋で泣き虫でまぬけで何のとりえもなくてただの痩せこけた手のかかる子供だ。今のうちに考え直した方がいいぞ」
楊ゼンは腕の中の存在が不安で仕方の無いことを知った。
不安で、今まで一人で生きてきた彼にとってもう一度誰かを手にするということが恐ろしい事と感じているのだ。手放したときの悲しみは想像に絶するものなのだろう。
だから彼は慎重に自分の足場を固めていくのだ。石橋を叩いて叩いて自分が納得いくまで足を踏み入れない。
安心してくれていいのに。その上に腰を下ろす位に安心して欲しい。
「寂しがりやならずっと一緒にいればいいし泣き虫ならその間ずっと抱きしめてあげます。まぬけなのところは可愛いしとりえなんか無くても生きていけます。大体少し手のかかる位が人間ちょうどいいんですよ、ほら、僕って世話好きだから。それに貴方はとってもかわいらしいですよ。一度鏡で見直されたらどうですか?」




天使様、望は誓いを破ります。




どさり、と手の中の物を落とす。





望は振り返った。そして楊ゼンと正面から抱きしめあう。





「楊ゼン、好き。好きなのだ・・・ずっと。お主が話し掛けてくれて嬉しかったし楽しかった。わしは寂しがりやだからお主の温かさが嬉しかったのだ」
泣きそうなくらいに顔を歪めて太公望は楊ゼンに告白した。言葉とともに自分がどれくらい彼を好きか再確認してしまう。
「僕も望が好きです。ねえ、望。僕と付き合っていただけますか?」
楊ゼンの告白に望はとびきりの笑顔をした。















「ここが今わしの住んでるところじゃ」
自分の住処に誰かを連れてくるなんて初めてだ、と思いながら望は楊ゼンを案内した。
ふと楊ゼンが立ち止まる。望のただ一人の天使様の前で。
「これ・・・」
ああ、と望が反応する。
「これはな、わしの天使様なのだ。いつだったかに盗品にまぎれておってのぉ。わしと同じ赤い髪ですごく綺麗な天使画だったから飾っておるのだ」
急に望が明るく話し出す。
「この天使様はわしの心の支えなのだ。毎日帰ってくるたび天使様に話し掛けておった。今日は何があったとか何をしたとか。わしの唯一の話し相手なのだ」
黙って話を聞いている楊ゼンの顔が心なしか赤い。どうしたのだ、と望が問うとぽつりと楊ゼンが言った。
「これ・・・、僕が描いたものです。貴方と初めて会った時に描いた一枚」
初めて会った時に望があまりにも印象的過ぎて・・・、貴方の絵なんです。楊ゼンは言った。
望は信じられないと思ったが彼は芸術の才能にも恵まれていると聞いたことがあった。それが本当なのだと証明されたのだ。
「っていうことは・・・わしは自分を誉めておっただけではないか」
急に気恥ずかしくなって望は顔を赤らめた。
「でも嬉しいです。貴方がそんなにも大切にしてくれてたなんて。じゃあ、僕の気持ちはこの絵だけで十分伝わってますよね」
二人は笑った。







天使様天使様。
自分は今日とびきりのものを手に入れました。
それはこの世で一番美しく自分を思ってくれる青い髪の天使。
青い髪の天使から貴方が生み出された。そう、彼の手によって綺麗な天使が産まれるのだ。
天使様、貴方に話し掛けるのはこれからは時々にします。
だって貴方は自分自身なのだから。







「これからずっと一緒にいましょう。そうだ、今度バレンタインですからチョコ差し上げます」
楊ゼンが思いついたように言った。望は笑うのをやめられない。
「わしは甘党だからな。うんと甘いので頼むな」






自分から贈るのはきっと苦いチョコレートの欠片と甘い口付け。
















きっと天使は幸せな時に産まれてくるもの。














                                          

 

香月紫蘭様から頂きましたv

警察官(軍人)×犯罪者
作品自体はシリアスなんですけど甘さも可愛さも含まれていて
何度も読み返してしまいました。
「天使様」に話し掛ける望の場面が大好きですv
でもそれは楊ぜんが描いたもので望自身の絵
二人も知らぬ間にこんなところで繋がっていたのですね。
楊ぜんの告白に戸惑って受け入れたいけど不安で恐いと
安心するまで問い掛ける望と、それに一つずつ丁寧に
優しく答える楊ぜんが素敵ですv
望のためなら一般人にも泥棒にでもなれるという
楊ぜんに惚れました。その包容力が格好いいです^^

綺麗で素敵な作品を有り難うございました。