そうだ、ここあを飲もう。
コップのここあ
わしの最近の日課はここあを飲むことだ。
仕事の前と後にコップにいっぱいの甘いここあを楽しむ。
甘いものはわしの活力源だしこのコップにいれて飲むにはここあがぴったりだと思ったのだ。
執務室に備え付けの太乙特製ポットの中にお湯がたっぷりあるのを確認し、その隣に置いてあるコップを手に取る。
数日前にやってきたこのコップも今ではすっかり手に馴染んできてわしの愛用になっていた。
やわらかい緑色に簡単に模様がはいったデザイン。
「ここあ、ここあーっと。お、あったあった」
棚から残り少なくなったここあの袋を引っ張り出して封をあける。
ふわっと鼻をくすぐる甘い匂いに満足していたら、わしの肘に何かがあたって音をたてた。
目を向けなくてもわしにはそれが何なのかわかる。
けれど一応そちらを向くとやっぱり思ったとおり、わしとまったく同じコップがそこにいた。
『師叔、おみやげです』
数日前、街の視察から帰ってきた楊ぜんにおみやげでもらったのがこのコップ。
受け取った箱の中には、微妙に大きさが違ったが2つコップがあったから不思議に思っていると、楊ぜんが大きいほうを取って。
楊ぜん曰く、自分もちょうどコップが欲しかった。気に入ったデザインのがたまたまペアだったので。だそうで。
その時は、こういうものは好きなやつにあげるものだとかなんとか言った気がするが、わしとしたことが覚えていない。
めちゃくちゃ嬉しかったのだ。
わしはその時の幸せを噛み締めつつ、肘があたったせいで変に傾いている楊ぜんのコップを机に置く。
同じ色で同じ柄で大きさはちょっと違うがそこがまた良くて、ふたつ並べたコップにぽつりと呟く。
「夫婦茶碗・・・みたいな感じ・・・だ、のう」
・・・・・なんちゃって。
自分のセリフに自分で照れる。誰もいないのは分かっているが目だけで周囲を確認してしまう。
楊ぜんに、他意がないのはわかっている。
だけどこんな風に舞い上がってしまってるわしってバカなのかのう。
はぁっとついた溜息にここあの粉がふわっと舞い上がる。
まるで今のわしみたいだなんてそんなバカなことは置いといて、舞い上がった粉が落ちた先にわしの悪戯心がうずきだしてしまった。
「ちょっとくらい良いよな・・・・・粉が入ってしまったし、たまには大きなほうでいっぱい飲みたいし、だいたい同じ柄なんだから間違えて使ってしまうことだってあるしのう」
わしは悪くないのだ。意味なんて別にないぞ?
粉が入ってしまったし、ただ大きいコップが使いたいだけで、それがたまたま楊ぜんのコップなのだ。
誰に言い訳してるのかわからないが、それでも理由を付けずにはいられなくてわしは辺りを見回す。
だからこの部屋には誰もいないのに、見られたって決してやましいことをしてるのではないのだからいいのに挙動不審もいいとこだ。
心臓がバカみたいにどきどきしている。
そーっと、そーっと手をのばしながら、いちいち誰かいないか確認する。
わしは何か?泥棒か?
「えーい!わしの意気地なしめっ」
思い切ってコップを掴むと同時に外からガタッと音がした。
心臓がビクンっと跳ね上がり、慌ててコップを離してついでに自分の席にもどって仕事をしていたふりまでしてしまった。
ちょっと待っておそるおそる扉を見ても誰かが入ってくる気配はない。
「・・・・やましい気持ち満々ではないか・・・わし」
火照った頬をぺちぺち叩きながら立ち上がり、そろっと扉のほうを見てから楊ぜんのコップを持ち上げる。
少し眺めて頬が緩む。
「楊ぜんの・・・・・」
こんなわしの目のつくところに置いておくおぬしが悪いのだぞ?
などと理不尽なセリフも今はただの言い訳に過ぎないが。
わし愛用のコップにはちょっとお休み頂いて、わしはいそいそと楊ぜんのコップにここあを作るのだった。
++++++
「あっ・・はは・・っ・・もう、可愛すぎですよ師叔、反則」
扉の向こうの気配に、舞い上がってしまっていたわしは気付かなかったらしい。
間接キスですよなんて。
いきなり開いた扉の向こうからそう言われたわしの身体は、ああきっと、コップのここあより熱かったに違いない。
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