「金縛りじゃ〜!楊ぜん!!」
悪魔の気持ち。
「楊ぜん、今日何時に帰ってくる?」
「え?いつも通りだと思いますけど・・・」ネクタイを直してくれる手元から目を離し、こちらを見上げてくる瞳に視線を合わせる。
出掛けの際のこの問いはいつも通りなのだけど、続けて言われた言葉に今日は何が何でも定時に仕事を終わらせようと僕は固く心に誓った。
「その・・・早く帰ってくるのだぞ?」
不安げな瞳が愛しくてたまらない。
そんな瞳をする理由も分かっていて、なおかつその理由も凄く可愛くて思わず朝から盛りそうになるが、我慢して。
はい、と微笑み頬に口づければ、師叔に早々に追い出されてしまった。
照れて赤くなった顔がまた可愛くって。
今日は師叔、創立記念日で学校が休みだって言ってたから家にはずっと一人きり。
昨日の夜のことを考えると一人で泣いてはいないかと心配でたまらない。
もう絶対定時に帰宅せねばっと、次々と優秀な僕に回される仕事を捌き、ついでに半端でない仕事量を押し付ける上司ににっこりと呪いの笑みを贈ってやった。
「思ったより遅くなっちゃったな・・・原始のジジイめ・・・」
それもこれもあの上司のせいだ。
仕事終了間近にあらたな仕事を持ってきて、結局終わったのは7時過ぎ。
きっと師叔は不安がっているに違いない。
自然と小走りになり、やっとマンションが見えてきた頃、ふっと近くのレンタルビデオ店が目に入った。
「・・・・・・・」
「ただいま帰りました」
「遅いぞ楊ぜん!全然早くないではないか!」
「ごめんなさい師叔。寂しかった?」
「・・・・・・怖かったのだ」
ぽつりと呟いて僕の服をぎゅっと握り締める師叔。
もう一回謝って、片手で細い腰を引き寄せてただいまのキスをする。
師叔は安心したように微笑むと、気を取り直して飯だ飯ー!とキッチンに消えていった。
どうやら後ろ手に隠し持っていたものは見られなかったみたい。
「ねえ師叔」
夕飯も終わり、寝るまでの間僕らはリビングでくつろいでいた。
隣でテレビのバラエティーを見ている師叔を抱き寄せて問いかける。
「何だ」
「今日ビデオ借りてきたんですけど一緒に見ますか?」
「何のビデオだ?アンパン○ン?」
「いえ、アニメじゃなくて・・・・見てからのお楽しみです」
「なんだアンパンのアニメではないのか・・・」
なんか知らんが笑える、とのことで最近師叔はそのアニメの再放送を喜んで見ていた。
真剣にアニメに見入る姿は幼くて可愛くて、途中で襲ってしまったこともしばしば。
そんなことを思い出しながらビデオをセットし、再生ボタンを押してごめんなさいと小さく呟く。
師叔のお気に入りのアニメじゃなかったことと、これから始めることに・・・。
最初は何もおこらず、主人公とその周りとの会話で進んでいって、師叔も大人しくビデオに見入っている。
僕は気付かれないようそろそろと移動し、何気なく師叔の後ろに回り込んだ。
少し画面が騒がしくなり、もうすぐかなと思った通り突然テレビから女性の悲鳴が響きわたる。
同時に画面いっぱいに血が飛び散っていて、明らかに師叔の身体が大袈裟に震えた。
「よ、よーぜん・・・」
「はい?」
「これ・・怖いやつか・・?お化けとか出て・・」
「ええ、この後殺された人達が幽霊になって、自分たちと同じ目にあわせてやろうと人々を次々と襲うっていう展開だったと思います」
「見るのやめる!わしはもう寝る!!」
わたわたと逃げ出そうとする身体を後ろから抱き締めて逃がさない。
師叔はもうすでに涙目になっていて、僕は安心させるように瞼にちゅっと口づけた。
それでも師叔はいやいやと首を振って見上げてくる。
「わしが怖いの嫌いって知っておるだろう?それに今日だって金縛りにあったばっかで・・・ずっと怖かったのに・・・」
「だから見るのです。幽霊を見慣れておけばもう金縛りなんて怖くないですよ」
「怖くないはずなかろう!」
「要は慣れですよ。いきなり幽霊みるより見慣れておいたほうがいいでしょう?見慣れれば怖いのも平気になるかもしれませんよ?」
「うー・・・・・」
「ね?師叔、どうしても怖かったら僕に抱き付いてていいですから」
「誰が抱き付くか!・・・・うぅー・・・しょうがないのう」
抱き付くか!なんて言ってる割に、小さい手はしっかり僕の服握り締めてるんですけどね。
びくびくしながらそれでも頑張って画面をみている師叔は凄く可愛い。
幽霊が現れるたびビクッとして、ぎゅっと目をつむってしまう。
しばらくしてそろそろと目をあければ、また幽霊のご登場で師叔は再びぎゅうっと目を瞑ってしまう。その繰り返し。
(可愛いなぁ・・・・)
後ろから抱き締めてやりながら、つむじにちゅっと唇を寄せる。
怖さで全然それに気付いていないところも可愛らしい。
突然貞子並みの恐ろしい女の顔がアップになり、案の定自分の腕にしがみついてくる師叔にしてやったりと微笑んで。
金縛りだ、と起きた途端に抱き付かれ、怯えた瞳で見つめられ。
一人にしたくない守ってあげたい気持ち半分、こんな可愛い師叔が見られるなら幽霊も悪くない・・・と悪魔の気持ちがあとの半分を占めていたことは師叔には内緒。
怖がって抱き付いてくる師叔に味をしめたってわけで、ホラー映画をレンタルしたのだ。
まぁ。もう一つ理由はあるけれど。
震える肩を撫でながら、主人公が背後から幽霊に襲われる場面を怖さで凝視してしまっている人に微笑む。
「大丈夫ですよ師叔、僕が後ろから守ってるんですから背後から襲ってくるやつなんていませんよ?」
「べ、別にわしはそんなこと気にしておらぬっ」
もしかして、とさっきから背後をちらちら振り返っている師叔をそう言って安心させてあげるのに。
照れて突っぱねるのはいつものことだけど、涙目なの分かってます?
服を掴む手はそのままで、そのうちぎゅっと抱き付いてきてくれた。
「もうやだ〜・・怖い・・・」
「もう少しで終わりますって。ほら、見ないと慣れませんよ?」
「意地悪めっ!」
「はいはい」
結局ビデオが終わるころには、師叔は完全に僕にしがみついた形になって映画なんてほとんど見ていなかった。
狙いはこれだったから僕は大満足なんですけど。
ぽんぽんっと背中をしばらく撫でていると、師叔がのろのろと身体を離す。
それでも、怖いのか腕の中から逃げようとはしなかった。
「怖かったですか?」
「・・・わかっておるくせに」
「一人で眠れません?」
「・・・・・・・・・」
コクン。
(か、可愛い・・!)
「じゃあ怖いのなんて忘れるくらい疲れて眠くなることしましょうね」
「う〜・・・」
「お風呂はどうしますか?」
「・・・・・・・一緒にはいる」
そんな風にあんまり可愛いことを言ってくれるから、やっぱりベットまで我慢できなくて。
お風呂で疲れて眠らせてしまった師叔を抱きかかえ、涙の残る頬にちゅっと短く口づける。
でもね、師叔が悪いんですよ?
寒いだろうと思って僕がずっとぎゅっと抱き締めていてあげたのを、金縛りだなんて言うから。
その日以来更に味をしめた僕は、毎日ホラー映画を借りてきて可愛い師叔を堪能した。
でもとうとう泣き出された時には流石の僕も反省しましたけどね。
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