わし以外の者にデレデレしおって、楊ぜんのダアホッ。




くだらないことだけど




久方ぶりの休日は実に実に天気がいい。
わしは上機嫌で楊ぜんの自室へと向かっていた。

「あやつを誘って街にでも行こうかのう。いっぱい奢らせてやるのだ〜♪」

ふんふんと鼻歌まじりに楊ぜんの部屋の前に辿り着いたが、わしはとっさに廊下の角に身を隠した。
そしてそーっと顔だけ覗かせ、目立ってしまう頭の布の耳は手で押さえて、楊ぜんの部屋の前を見る。
正確に言えば、その部屋の前の光景を。

(・・・・・・・浮気じゃ!!)

拳をぎゅっと握り、上下に振り回して声を出さずじたじたと暴れる。
楊ぜんは自分の部屋の前で、仲良さそうに一人の女官と談笑していた。
この位置からだと何を話しているのかまでは聞き取れないが、楊ぜんが楽しそうに笑っているのは確か。
自分だけに見せるあの優しい笑顔とは少し違っているがこんな風に女官と話しているのは珍しかった。

せっかくのいい気分がこれのせいでいっきに急降下していく。
こんなことくらいで浮気だと騒ぎ立てるのは馬鹿馬鹿しいし、わしらしくないといえばわしらしくないのだが。
女官が楊ぜんの笑顔に頬を染めて俯く仕草さえ気に入らない。
皆がどう思っているか知らないが、わしは楊ぜんが思っているより誰が思っているより、楊ぜんのことが大好きなのだ!



「楊ぜん」

「あ、師叔」

今まさにここを通りかかったと言わんばかりを装って、白々しく楊ぜんに声をかけてやる。
楊ぜんは今までとは違う、わし以外だれにも向けない甘い笑顔でわしを迎えた。
さりげなく彼の傍に寄り、どーだ、とばかりに女官を見やると、女官は一礼して慌てて去っていった。
優越感に浸るわしに、楊ぜんはクスクスと微笑んで腰に手を回してくる。

「離せ浮気者」
「浮気って・・・酷いなぁ。僕はただ話しをしていただけですよ?」
「どうだかのう〜愛でも囁いておったのではないのかのう」
「師叔怒りますよ?」

真剣な顔をして、楊ぜんが視線をきつくする。
なんなのだわしの気も知らずに。バカ者!
拗ねたようにぷいっとそっぽを向いて、でもどこを見ていいのか分からず床を睨み付ける。
そんな子供のような姿に楊ぜんはふっと表情を緩めた。

「ヤキモチなんて、可愛いですね」
「妬いてなどおらぬっ」
「僕が愛を囁くのはあなただけですよ師叔」

お望みなら今からでも・・・と妖しく耳元に息を吹きかけられて、思わず身体が震える。
それを楊ぜんが見逃すはずもなく、一瞬でわしを包んだかと思うと扉の向こうに連れ込まれた。








出かけようと思ってたのにやってしまった情事のあと、どうしてあんなに楽しそうに女官と話していたのかを問いつめると。
『彼女犬が好きらしくて。で、哮天犬は綺麗で毛並みがいいとか、あんな賢くて主人に忠実な犬は他にいないとか。哮天犬が褒められて主人として悪い気はしないでしょう?だから嬉しくてつい』
わしの天才的勘によると、きっとそれは楊ぜんに近づく口実。
どんな理由でも結局釈然としないのだが、これ以上妬いても楊ぜんを喜ばせるだけだから。
ふーんと言って、その日はずっと楊ぜんを独り占めして腕の中でぬくぬくイチャイチャ二人で過ごした。









休日あけの仕事はなんとなく気が重いが、天気だけは今日も実に素晴らしい。
楊ぜんは今日も休暇になっていて、部屋で別れて以来今日は一度も会ってない。

(ぬ〜・・・いつもなら手伝いにきてくれるのにのう・・・・つまらぬ)

仕事なんてつまらないのが当たり前なのだが、今日はいつにも増して。
朝に、今日は中庭で哮天犬のブラッシングしてますのでと言っていたのを思い出し、わしはぼんやりと窓の外を眺める。
コトッと筆を机に置く音に、向かいでもくもくと仕事をしていた旦がぴくりと反応した。
いきなり席を立ったわしに、姫発がまたかといった風に溜息をついたが、その時にはもう窓からするりと抜け出していた。
旦の怒声は完璧無視し、自主休憩と称してわしは中庭に駆けていった。
会いに来ぬなら、こっちから会いにいってやればいいのだ。






中庭の大きな木の下、目的の人物とその愛犬を発見する。
が、わしは昨日と同様とっさに近くの茂みに身を隠した。

「こら哮天犬重いって!」
「ばうあうっ」
「まったく、しょうがないなぁ・・・」

そう言ってじゃれあう楊ぜんと哮天犬を、周りの女官や文官さえも微笑ましく見つめている。
確かに天才道士が見せる意外な一面、なんとも微笑ましい光景なのだが。
わしは大いに気に入らなかった。

(あっ!あんなところ触って・・・これ哮天犬!楊ぜんを押し倒すでないっ楊ぜんを押し倒していいのはわしだけだ!)

わしの不機嫌オーラに、通りすがりの女官やら兵士がびくついて足早に去っていく。
これが哮天犬でなかったら、すぐにでも邪魔をしに行ってやるのに。
流石、子供の頃から一緒にいる相棒だけあって、二人の間には割って入れない雰囲気があった。
わしだって例外ではない。

しょうがないのはわかっているが、悔しいではないか。
いや、羨ましいのか。

しばらくすると、楊ぜんは一人の文官に呼ばれ、哮天犬を置いて城の中へ入っていった。
休暇中なのに大変だのうと思いながら、わしは茂みから出ると行儀良くじっとしている哮天犬の隣に座った。
わしにもよく懐いている哮天犬はしっぽを振ってじゃれついてくる。
しばらくそうされ、顰めていた顔が不覚にも緩んでしまうのを感じながら、溜息をついて深いグリーンの瞳を見つめた。

「のう哮天犬よ、楊ぜんはお主にはいつもああなのか?」
「ばう?」
「お主はいいのう。わしの知らないあやつをいっぱい知っておるだろう・・・妬けるのう」
「ばうっ!」
「妬けるのうっ」

言いながら、哮天犬に意地悪く軽くデコピンを繰り返す。
動物虐待と言われようと、わしの楊ぜんを押し倒したのだからこれくらいのお仕置きは受けて貰わぬと。
逃げる哮天犬を捕まえようと手を伸ばしたとき、逆にその手が捕まってしまった。

「なに哮天犬いじめてるんですか師叔?」

「よっ・・・!!い、いつからそこに・・・・」
「のう哮天犬よ、くらいからですかねぇ」

哮天犬を撫でながらニヤニヤ笑っている楊ぜんに、一気に頬が熱くなっていくのがわかる。
恥ずかしくて逃げ出そうとするわしを、楊ぜんの腕が易々と拘束した。

「嬉しいです・・・哮天犬にまで嫉妬してくださるなんて」
「知らぬ知らぬ!わしは知ら〜ぬ!」
「やきもち妬きなあなたも可愛いですよ?」
「むー・・・////」

ぎゅっと抱き締められて、身体の力が抜けていく。
背中に回された手のひらの熱を感じながら、自分からも広い背に腕を回した。
それから深く溜息をついて。

「くだらんのぅ・・・」
「何がですか?」
「わしが」



こんな風に触れられるのが、誰だけなんて知ってるのに。






にも関わらずその日からしばらくわしは、哮天犬と楊ぜんを必要以外に近づけない努力をした。
くだらないとはわかっていても、わしはどうしようもないやきもち妬きだからのう。



許せよ、哮天犬?












おわり

 

 

哮天犬に嫉妬するスース。
素直じゃないだけで師叔だって楊ぜんのこと大好きでしょう。
それをちょっと言葉と行動で示してみましたー。