「さて、楊ぜん。今ここにわしのなけなしの150円があるとする。ってゆーかここにある」






ほんのりまろやか






「はぁ・・・」

デートの途中でふと立ち寄ったコンビニ。
家で食べるお菓子でもと、楊ぜんが恋人の好みそうな甘い菓子を選んでいたとき何の前触れもなくそう言われた。
何でそんなに財布の中身が寂しいのか気にならないでもなかったが、楊ぜんは取り敢えず生返事を返す。
そんな態度が気に入らなかったのか可愛らしい眉がぴくっと動くけれど、楊ぜんの手にお菓子を見つけてそれは一瞬でとろんっととろけた。

「のうのうそれ買うのか?それこのまえ蝉玉が美味いといっておったやつなのだ」
「ええ、ずっと師叔が食べたいって言ってましたし。じゃあコレ」

コトン、とカゴの中に転がるお菓子の箱を満足げに追う視線が可愛らしい。
それに今日は珍しく服装のほうも可愛い系だと楊ぜんは思っていた。
デートの為にとおしゃれしてくれたのか、もとから整った顔立ちのせいもあってそこらの女子より可愛らしかった。
微笑んで、あとはどれにしようかと楊ぜんの指先が棚の菓子たちに向けられると、太公望がハッとして話を元に戻してくる。

「って、そうではなくて楊ぜんよ。わしは今150円もっておる」
「そのようですね」

楊ぜんは小さな手のひらに出された100円と10円玉4枚と5円玉2枚を見て、やっぱり何故こんなに彼が金欠なのか気になった。
二人は一緒に住んでいる。
なんだか知らないが金回りの良い楊ぜんのお陰で、太公望の財布がこんなに寂しくても家賃や生活費に困ることはない。
だからそういったお金を払ったから貧乏なわけでは決してないのだ。
まして太公望はバイトもしている。(楊ぜんは嫌がったが)

「でのう・・・楊ぜんちょっとこっちこっち」

ててて、とジュースコーナーに近寄り、太公望は手招いて楊ぜんを呼び寄せる。
恋人の幼い行動に、楊ぜんは彼にしか見せない表情で柔らかく微笑む。
ところがその微笑みは太公望どころか、周りの女性達まで虜にしたらしく、溜め息と熱い視線が楊ぜんに注がれている。
それと同時に、可愛らしい太公望のほうにも違う視線----男達たちの視線が向けられていた。
楊ぜんはムッとして、太公望のもとまで行くと小さな身体を視線から守るように立つ。

毎度の事に流石に楊ぜんは女性達の視線なんて気にしなかったが、困ったことに太公望のほうも自分に向けられる視線を気にしていなかった。
正しくいえば、気付いてない。
きょとんと見上げてくる瞳は純粋で、自分がいかに魅力があるのか絶対気付いていないだろう。
それが楊ぜんの悩みの種でもあったが、そういうところも好きなのだ。

「お主さっきから何ぶつぶつ言っておるのだ?」
「い、いえ別に。ところで師叔、こっちに何か欲しいものでもあるのですか?」
「そうなのだ。のうのうお主はこっちと・・・」

そう言いつつジュースコーナーの扉を開け、中からペットボトルを二つ取り出す。
一つは『まろやかカフェオ○』。もう一つは『ま○茶』。

「こっち、どっちがいいと思う?」
「師叔はどっちがいいんですか?」
「それが困ったことにどっちも欲しいのだ・・・・でも150円しかないからどっちか一つに決めねばならぬ」
「はぁ・・」

何故ここで太公望が『買って』とねだらないのかと言えば、彼曰く自分のものは自分で買う、らしいのだ。
お菓子や夕食の材料などが楊ぜんに任せきりなのは、彼曰く二人で食べるものだからいいのだ、というなんとも勝手な言い分を言っていた。
一度こう、と考えたら絶対にそれを曲げない人だから、今も楊ぜんが何を言ったって無駄だろう。

「そしての、困ったことにあんまんも欲しいのだ・・うーむ・・・」
「・・・ゆっくり考えてていいですよ。僕はお菓子のほう見てきますので」

楊ぜんの言葉も聞こえていないくらい、太公望は二つのペットボトルを交互に見比べながら真剣に悩んでいた。
その姿の可愛らしさに楊ぜんは微笑み、お菓子の棚越しからもこそっりと可愛い恋人を覗いていた。
だいたいお菓子を選び終えたところで、タイミングよく太公望が楊ぜんの袖をくいっと引く。
やっと決まったのかと思ったが、その手には何も持たれていなかった。

「あれ?買わないんですか?」
「うむ。やっぱりあんまんにする・・・・」

そう決めたわりには、太公望の顔は明らかに残念そうだった。
カゴの中のお菓子を物色しはじめる彼に、楊ぜんはくすっと微笑んだ。

「僕が買ってあげますから、持ってきていいですよ」
「む。でもそれはわしのポリシーに反する」
「じゃあ、僕にも半分ください。二人で飲むのならいいんでしょう?」
「・・いいのか?」

いつもは我が侭言い放題なのに、変なところで遠慮がちな太公望は、ちらっと上目で楊ぜんを見上げる。
返事のようににっこりと微笑まれ太公望は嬉しそうにジュースコーナーに向かっていった。
その後ろ姿にもう一度微笑んでから楊ぜんは先にレジへ行き、精算しながら太公望を待つ。

「以上で宜しかったでしょうか?」
「あ、これもお願いする」

店員の確認の声と同時に現れた太公望は、ペットボトル1本を手渡す。
あれ?と楊ぜんは、あんまんを頼んでいる彼に問いかけた。

「一つでいいのですか?」
「・・・え・・・二つ買ってもいいのか?」

楊ぜんが頷くと、太公望はとても嬉しそうに笑う。
えへへ、と表現するならそんな可愛らしい微笑みで、もう1本のジュースを持ってきた彼に楊ぜんどころか店員も店の空気さえ和んでいた。










「のう楊ぜん、わしが持つ」
「でも結構重いですよ。僕が持ちますから」
「いいのだ、わしが持つったら持つ」

楊ぜんの手から、お菓子が沢山入ったコンビニ袋が奪われる。
そのかわり手持ちぶさたになってしまった手のひらには、小さな温かい手が重ねられた。
いつもは絶対自分から繋ごうとしないのに、これはかなり機嫌がいい証拠。
ちらっと太公望を覗き見ると、やっぱり少し重かったのか微妙にその表情が歪んでいた。
悪いな、と思いながらも、楊ぜんは滅多にないこのシチュエーションをほんの少し楽しむことにした。

疲れた、という太公望と一緒に楊ぜんも近くの公園のベンチに腰を下ろした。
そろそろ日も陰ってきて、外の空気は少々肌寒い。
先程買ったあんまんをさっそく頬張っている太公望も、思わずクシュッとくしゃみをした。

「寒くないですか?師叔」
「・・っわ・・やめぬか楊ぜん!こんなところでっ」
「大丈夫ですよ、誰もみてませんし」
「見ておるではないか!ほれ、あっちでもこっちでもおなごがお主を見ておる!」
「え?」

肩を抱いてきた楊ぜんに太公望は、人が見てるからと抵抗する。
確かにこの公園に入ってから女性達の視線には気付いていたが、楊ぜんは違う視線にも気付いていた。
ふいにぎゅっと抱き締められると、太公望は抵抗をやめぶつぶつと文句を言い出す。

「わしが気付いてないとでも思ったか?いっつもおなご達に見られてデレデレしおって」
「してませんよそんなことっ!もう〜いつ僕があなた以外にデレデレしました?」
「どうだかのぅ〜」
「・・・まぁ、焼きもち妬く師叔も可愛いですけどね」
「む!わしはやきもちなど妬いておらぬー!」
「はいはい」

睨んでくる瞳は、赤い顔のせいでまったく迫力がない。
人のことには良く気が付くのに、きっと太公望は今自分に向けられている女性以外からの視線に気付いてないだろう。
彼を独占できるのは一人。自分を束縛できるのもまた一人。
そんな優越感にひたって、楊ぜんは見せつけるように小さな身体を抱き込んだ。

「見たい人は勝手に見ればいいんです。でも僕が見るのは師叔一人ですよ?それでは駄目ですか?」
「・・・お主が見えるのがわしだけだったらいいのに」

なーんての!っと太公望は冗談のように誤魔化したつもりらしいが、その頬は真っ赤に染まっている。
恥ずかしさを誤魔化すように『まろやかカフェオ○』を取りだして、ぐぴぐぴ飲む可愛い恋人を楊ぜんはとろけるような瞳で見つめていた。

「僕も、あなたが見えるのは僕だけだったらいいと思います」
「ダ・・ダァホ・・」

ぎゅっと引き寄せ、寄り添って。
少し抵抗があったが、太公望も大人しくその温かい胸に収まることにした。
そしてちょっと周りに見せつけるように、頬を擦り寄せてみたり。
楊ぜんはそれに気を良くし、朱いふわふわの髪にそっと唇をよせればくすぐったそうに腕の中の身体が震える。

空気も、あなたも。
今日の甘さはほんのりまろやか。
肌寒い空気にお互いのぬくぬくとしたぬくもりを感じ合って、日が暮れるまで二人は周りに見せつけていた。








「そういば師叔、なんでそんなにお金持ってないんですか?この前バイト代入ったばかりでしょう」
「競馬でスッた」
「・・・・・可愛くない理由ですね。姫発あたりにでも誘われて行ったのでしょう?負けるに決まってるのに・・・」
「まぁまぁ。というわけでしばらくはお主にたかるからなっ宜しく」
「ポリシーはどこいったんですか?」
「う・・・良いではないかケチ」

ぼそぼそと文句を言ってくる太公望に楊ぜんは、まったく・・っと苦笑する。
結局どんなかたちであれ、この意地っ張りな恋人に頼られることが嬉しいのだ。
他の男とそんな所に行った、というのは気に入らないが。
だけどそのおかげで今こうして二人で寄り添っていられるかと思えば、心は軽い。

さてそろそろ帰ろうか、とベンチから立ち上がり、ペットボトル片手に太公望は置いてあったコンビニ袋を持ち上げた。
こちらから言い出したことだから、自分が家まで持っていくのが筋だろうと何となく思っていると、急に重みが無くなる。
ぱっと楊ぜんの方を向くと、彼は何でもないように、それが当たり前というふうに袋をぶら下げて、もうすでに歩き出していた。

「ようぜん・・・」
「置いてきますよ?師叔」

微笑みながら、振り返って手を差し出す楊ぜんに、太公望は先程と同じように手のひらを重ねる。ぎゅっと握れば握り返されて。
嬉しくて、ふにゃんっとなってしまう顔をなんとか保つ。
楊ぜんはそんな可愛い仕草を見ていないことにしてあげ、二人は上機嫌で家路を仲良く辿っていった。












おわり。

 

 

なんか目の前に『まろやかカフェオ○』があったので突発的に書いてみたり。
子供の頃、買いたいお菓子(ジュース)が二つあって、どっちか迷ってる時にどっちも買っていいと言われた時凄く嬉しかったのを思い出しました。
ふ、二つなんて・・・!と、ありえない出来事のように喜んでましたね(笑)
二人姉妹なので一人一つが鉄則、みたいな雰囲気ありましたから。

楊ぜんさんは何気なく何かをしてあげるのが得意だと思います。
師叔が喜ぶだろうな、と考えなくてしたことでも、それが師叔のハートをきゅんv(笑)っとさせてたり。
『お主が見えるのがわしだけだったらいいのに』とかって究極の束縛?
お互いがお互い煩わしく思わず、むしろ嬉しそうに言い合うこっぱずかしいバカップルなんて世界広しと言えど楊太だけでしょうー。
・・・・って久々にまともな後書き;