それは日曜だというのに論文のことで教授に呼び出され、しぶしぶ大学に行った日の帰りだった。 思ったより時間がかかりもう外は真っ暗。せめて早く帰ろうと楊ぜんはアクセルを踏み込んだ。 普段でも人通りの少ない道は、夜ともなると人どころか他の車と一台もすれ違わない。 だからといって赤信号は無視出来ず、誰も渡らない横断歩道の前で車を停めた。 窓を開けていても静かなBGMと虫の声が聞こえてくるだけの車内。 後少しで信号も変わろうかという時だった。 子供の声が聞こえてきたのは。 ミチクサ 1 初めは気のせいかと思い青に変わった信号を進もうとした楊ぜんだったが、また声が聞こえてきた。 BGMの音量を下げ、耳をそばだてて待つとまたかすかに子供の・・男の子の声。 だが辺りを見回してもそれらしい人影はない。 (・・・お化け・・・とか) そんな非科学的なこと・・とそれはすぐに否定し、こんな時間にこんな場所で迷子かもしれない子をほっておくわけにもいかず、道路脇に駐車する。 車を降りた楊ぜんはとりあえず声をかけてみる。 「おーい。どこにいるんだい?迷子?」 するとそれに反応するように、先ほどより聞こえてくる声が大きくなった。 泣いているのか、しゃくりあげるたびにつまったり掠れている。 楊ぜんはしょうがないな、と声がするほうへ歩いていき数メートル先の外灯の下でその子を見つけた。 10歳くらいの男の子。まわりに親らしき人影はないようだった。 「ね、君どうしたの?お母さんは?」 「っ・・・ぅ・っく・・・・ふぇ?」 駆けよって話し掛けしゃがみこむと、男の子は泣きじゃくりながら涙でべたべたの顔を上げた。 一瞬驚いた顔をしたが、誰かが来て安心したのかまたすぐに泣き出し楊ぜんにしがみつく。 何故かとても昔風な衣装の子に驚いたのは楊ぜんも同じだったが、次に言われたセリフに頭を撫でようとした手も止まるくらい驚かずにはいられなかった。 「うわーん!おうちがないよぉ〜〜!!」 何度もおうちがないとメソメソ泣き続ける子を抱きかかえながら、楊ぜんもまた泣きたい気分に陥っていた。 「・・・・おうちに帰りたい、じゃなくて?」 「・・・うん」 「・・・とりあえず、お名前は?」 「望・・・。う〜・・おうちがないのだ」 「じゃあ望、おうちがないって・・・この辺にないってこと?」 ようやく泣き止んで落ち着いてきた頃、かすかな望みに掛けそう聞いてみる。 が、無常にも望は首を横に振り、住む所がないのだと呟いた。 楊ぜんはがくりと項垂れる。 まだお化けのほうがましだったかもしれない。 うちがないって・・・・ 火事で家が全焼してこの子以外もみんな・・・? それとも借金のかたに家が差し押さえ・・・? それでこの子を置いて親は蒸発・・・・ 色々なことがぐるぐると頭を巡り楊ぜんは溜息をつかずにはいられなかった。 これは自分ひとりで解決できる問題ではないと判断し、不安げに見上げてくる望の手をとって歩き出す。 こういう子の保護のために国の行政組織はあるのだ。 「どこいくのだ?」 「近くの交番。警察だよ」 「・・・警察?わ、わしは何も悪い事しておらぬぞ・・・?」 「いや、そうだけど・・・」 時代劇に出てくる子供みたいな格好なだけにしゃべりかたも何だか古風だなぁと思う楊ぜんだったが、子供の個性をとやかく言うつもりはない。 とにかくこの子を保護してもらわなければと、近くに駐車した車に向かおうとするが。 ふいに立ち止まった望に、くいっと繋いだ手を引っ張られる。 「?何・・・」 「座敷わらしに住む家がないってそんなに悪い事なのか?自分のお座敷持ってない座敷わらしって警察行かねばならんのか?」 「・・・・・・・座・・・って・・だ・・誰が?」 「・・?わし」 しーんと。 ただでさえ静かな夜道が一層静まり返る。 生暖かい夏の夜風が肌を撫で、初めて楊ぜんの背中にぞくりとしたものが走った。 お化けのほうがまだましだなんて思ったが、本物なら本物でどうしたものか。 と考えたところでどうにも出来ず、そのまま固まっていると望がまた泣き出してしまう。 「だって・・・しょうがないではないか。わしだって今まではちゃんとお座敷持っておったのだぞ?」 「・・・・・」 「でも今までいた家が洋風にリフォームして、そのせいでお座敷がなくなってしまったのだ!」 「ず、随分現実的な話ですね・・・」 相当動揺しているらしく思わず普段の癖である敬語で対応してしまう楊ぜん。 もうこれ以上関わらないほうがいいかもしれない。 見たところ害のあるようには思えないし、確か座敷わらしとは住みついた家に富をもたらす妖怪だ。 だからってこの世のものでない者と知り合う気にもなれず、楊ぜんは1人でぶつぶつ言っている望の隙をついて繋いだ手を離した。 が、ぐいっと服が引っ張られる。 「のう、何とかならんかのう・・・・?」 「・・・・え?・・・えーっと・・」 「家のない座敷わらしなんて情けないのだぁ〜・・・!」 楊ぜんの服の端をぎゅっと掴む望の真っ赤な目から、ポロポロと大きな涙が零れる。 流石に、妖怪といえどこんな風に泣いている子供の手を振りほどく事もできず。 楊ぜんは困ってしまった。 (僕にどうしろと・・・・・?) うーんと、縋るように澄んだ夜空を見上げても輝く月は答えてはくれない。 ちらっと楊ぜんが望を見ると可哀想なほど涙でぐちゃぐちゃな大きな瞳が見上げてきた。 その瞳が一瞬何かとダブり、自然に楊ぜんの手が望の赤みがかった柔らかい髪を撫でる。 何度も何度も撫でてやりながら、楊ぜんは自宅の、小さいけれど一応お座敷と呼べる部屋のことを思い出していた。 雰囲気で察したのか望が目を輝かせて、その日初めて笑顔を見せる。 これは観念するしかなさそうだな。 「僕のうち、来ますか?」 夜道で道草。 妖怪一匹お持ち帰り。 つづく |
夏だなってことでお化け(妖怪)ネタ。
元ネタは某ラジオドラマです。
夏中に終わればいいなと思います。(終わらせろ)