お主はどう思う?
桃に恋して
最近楊ぜんと太公望の仲は親密さを増していた。仕事や戦いで頼れる信頼感。
信頼があるからこそ一緒にいて生まれる安心感。
それはまだまだ仲間の域から出ることはなかったけど。
近づきつつはあった。
出逢ったときから太公望に仲間以上の想いを寄せていた楊ぜんにとって、これは待ちに待った状態で。
太公望にその気がないにしても、自分にだけ気を許してくれているこの親密さ。
気持ちに気付いていないだけかもしれないという期待。
そうでないとしても、楊ぜんには押して迫って口説き落とす自信があった。
だから今日こそはこの想いを・・・!
「のーう楊ぜん」
「・・え?あ、はっはい」
「最近わし変なのだ」
「・・・はい?」
自分の世界に入っていたところを呼ばれ慌てて返事を返した楊ぜんだったが、続くセリフに間の抜けた返事を返す。
はふっと溜め息をついて机に突っ伏す太公望。
今までここ、執務室で仕事をしていた二人はちょっとの休憩をとっていた。
甲斐甲斐しく楊ぜんがお茶を煎れたり労りの言葉をかけたりして何となくいい雰囲気になって。
告白のチャンス!と思っていたところにこのセリフ。
「変って・・・身体の具合でも良くないのですか?」
「・・・そうかもしれぬ」
「じゃあ今日の仕事はもう僕にまかせて、師叔は休んでいてください。あ、熱とかありますか?どこか痛いところとか・・・」
普段から頑張りすぎる太公望のこと。
身体の調子を崩してもおかしくないが、それに気づけなかったことに楊ぜんは舌打ちした。
部屋に戻ることを促しても太公望は動かなくて、心配になって近づこうとした時ぽつりと呟く小さな声が聞こえた。
「何だか、胸のあたりがの・・・こう・・・きゅうんっと痛いのだ」
「え!胸ってもしかして心臓ですか!?」
「どきどきするというか・・・その姿をみるだけで胸がいっぱいになる」
「・・・・・え?」
「全部わしのものにしたくなって、思わず抱き締めたくなってしまうのだ・・・変であろう?」
「・・・・・・」
「やはりこれは・・・・・恋・・・なのかのう?」
どう思う楊ぜん?と問われても、その問われた本人は硬直してしまって答えられなかった。
太公望が不思議そうに声をかけてみても耳に入っていないらしい。
(・・・こ、恋って!まさか師叔に好きな人がいたなんて・・・・・)
自分が懸命に仲間としての信頼を得て、個人的にも気を許してもらえるよう努力していた間に悪い虫がついたらしい。
取り敢えず相談に乗るフリをして師叔に相手を聞き出して。
僕より劣る奴だったら師叔に変な気起こさないよう、よぅくシめてやればいい。
まぁこの天才に優る男なんてそうそういないけれど。
師叔の気持ちが変わらない時は潔く諦める・・・・・・なんてことはしなくて、奪ってしまえばいい。
ぐるぐると楊ぜんがよからぬ事を考えていると、ふいに太公望に呼ばれる。
何ですか、と言おうとして太公望をみれば上目遣いの頼るような瞳。
言おうとした言葉は喉の奥に引っ込み、楊ぜんは太公望の表情に見とれてしまった。
「のう楊ぜん、お主はどう思う?やはり恋かのう?」
「・・・・おそらく」
「そうか・・・。のうわしはどうしたらいいと思う?」
「どうと言われましても・・・」
「どうしたらいい?お主はどう思うのじゃ?」
「・・・どうしてそんなに僕の意見を聞きたがるのですか?」
妙にしつこく聞いてくる太公望を楊ぜんは疑問に思う。
太公望はぐっと言葉に詰まると、少し戸惑いながら俯き。
「・・・・お主の意見が・・・気になるからじゃ」
それって。
(それって・・・今までの会話全部引っくるめて・・・遠回しの告白!?)
恋をしていると言って、それを聞かせた相手の気持ちを伺う。
それはまるで『わしが他のやつにとられてもいいのか?』といっているようで。
恋に奥手の太公望なら考えそうな事である。
途端に自信をつけた楊ぜんは、余裕たっぷりに太公望を見つめる。
「そうですね・・・・恋と気付いたのならさっそく告白してみては如何でしょう」
「で・・・でも」
「急がないと誰かにとられてしまうかもしれませんよ?」
「・・・・・わかった」
太公望は頬を染め、決心したようだった。
けれど部屋は出ていかない。
ということは告白する相手はこの部屋の中にいるということで。
執務室には二人きり。
かなりどきどきして太公望の次の言葉を待っていた楊ぜんだが。
「というわけで愛しておるぞvv桃vvv」
「僕もで・・・って・・も、桃!?」
驚いている楊ぜんを余所に太公望は両手いっぱいに桃をもって頬ずりをしている。
それは先程楊ぜんがお茶と一緒に出した太公望のおやつ。
どおりで先程、溜め息をつきながらしきりに桃を眺めていたわけだ、と楊ぜんは頭を抱える。
「師叔・・冗談でしょう?悪ふざけは・・・」
「何を言う!わしは本気じゃぞ!!桃を見るだけでわしの心はいっぱいになるのじゃvv」
「・・・・そうですか」
「やはりお主に相談して良かったのうv何て言っても仙界一の遊び人じゃからv」
「な・・・師叔!僕は・・」
「よいよいv否定せんでも事実であろう?わしは別に気にしておらぬしのv」
それはそれでなんだか傷つくんですけど。
はぁっと深い溜め息をついて、楊ぜんは嬉しそうに桃と戯れる太公望に目をやる。
相手が桃だとは予想外であったが、人でないのなら恋人のポジションはまだ空いているということ。
師叔がどんなに愛していると言い張っても所詮は桃!
しかし一番やっかいな相手であるには違いないけれど。
「好きだ好きだと思っておったが・・・・わしは桃さえあれば何もいらんくらい桃が好きじゃvv」
「・・・・・(ムカッ)」
「そうか〜vわしは桃に恋しておったのだなv」
「・・・・・」
「どおりでお主と二人で居るときみたいにドキドキすると思った」
「・・・・・・・・・・・え?」
聞き捨てならない最後の一言に楊ぜんは聞き返すが、太公望には聞こえなかったようだ。
そのまま放心している楊ぜんをおいて、書庫に行かねば!と部屋を出ていこうとする。
もちろん大好きな桃を抱えて。
「・・・あ、でもそうすると二股ということになるのかのう?」
扉近くで呟いた声は当然楊ぜんにも聞こえていて。
天然で言っているのか、はたまたこれは策なのか。
どちらにしろ、今までの楊ぜんの努力は無駄ではなかったということである。
END
ついに桃に恋する師叔(笑)
桃と楊ぜんを二股できるなんて師叔くらいなものでしょう。
所詮は食べ物ですけど楊ぜんにとっては永遠のライバルでしょうねv
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