□ ナレアイ □
                                     

by KUROMATSU




僕らは似たもの同士だった。





雨が降りしきる街中を何の目的ももたずに彷徨っていた。
服が、全身がびしょ濡れになるのも楊ゼンは然程気にしない。



「暗いな」

空を見上げ、ポツリと呟く。
空は相変わらず灰色をしていて、しきりに雨粒を落としてくるのだ。
こんな日は、気分が憂鬱になることを楊ゼンは知っている。



こんな雨の中を歩く人は当然あまり居ない。
時折通りかかる人は、楊ゼンを横目で見やる。





昼過ぎだというのに、町は灰色の雰囲気に包まれて、








それでも楊ゼンは前にと進んでいった。




こんな雨でも、やはり人は歩いているわけで、
前方に人影が見える。


楊ゼンは目を細めた。



歩いてくる人影は、遠くからでも小さいと思える。
随分と華奢なようで。
それだけで目を細めたわけじゃない。


ただ、其の人物が、自分と同じで。



傘もささずに、濡れ鼠になっていたからだった。




二人は、通り過ぎるということを知らないというように。
お互いの目の前で歩みを止める。




「驚いたのう。こんな処で空をみるなんて」

楊ゼンの目の前の少年と思われる人物は、楊ゼンを見上げるなりそう呟く。


「そう、でも貴方はまるで夜のよう」

楊ゼンも少年の髪の色を見るなりそう呟いた。
真っ黒な深い漆黒の髪だった。




「でも、濡れていたんじゃ折角の空も台無しだのう」

少年は手を伸ばして、楊ゼンの長い髪にそっと触れた。
雨が少年の指に流れ込む。


「おぬしの髪は綺麗だのう」

青い楊ゼンの髪を何時までも少年は見つづけていた。






雨が一際強くなった。
痛いくらいに体に容赦なく打ち付けるが、それ以上に、体が心から冷え切っていて、
相手も自分も、少なかれ冷たくなって行く。




「楊ゼンと、そう呼んでください」

「太公望。師叔でよいよ」


そう云うと、二人は同じ道を歩いていった。


別に知り合いでもなんでもなく、今さっき初めて会った人物で。


警戒心なんて何処にも無かった。

解っているのはお互いの名前と。




そう、僕らはとても似たもの同士で。
まるで親を無くした子供が寄り添って、集まるように、
僕らも引き寄せられて。










*******









太公望はわしゃわしゃとバスタオルで自分の濡れた体を拭いている。
楊ゼンは、丁度シャワーを浴び終えたところで、すかさず太公望は浴室に駆け込んだ。

蒸気が篭った浴室は、冷え切った身体にはかなり暖かくて、心地よい。



「師叔、ここにバスタオルと着替え置いておきますね」

脱衣所から声をかけると、太公望は頷いた。
不透明な浴室の扉から、太公望の姿がうかがえたのだ。



楊ゼンは適当に洋服を着込むと、キッチンへと足を運んだ。
いくらシャワーを浴びて身体を温めたとはいえ、体の芯がまだ冷えているのだ。
風呂は、流石に間に合わなかった。シャワーは応急処置ともいえよう。


ヤカンに水をたっぷりと入れ、湯を沸かす。
沸騰した頃には太公望も着替えてでてくるだろう。
楊ゼンは其の辺にあった、インスタントの卵スープを皿にあけた。
あとは湯を入れれば出来上がりだ。




案の定、ヤカンが喧しく音を立てだした頃に、太公望はリビングへと現れた。
わしゃわしゃとバスタオルで濡れた頭を拭いており、
楊ゼンの服なものだから、楊ゼンより小さい太公望にはどうやら大きかったようだ。
黒いセーターから肩が見えてしまっている。ジーンズも勿論ブカブカで。




「スープでもどうです?」

云うとリビングの床に皿を2つ置く。




「おう、有難う」

太公望はドカリと座ると、早速スープに手をつけた。
ふうふうと冷ましながら太公望はたいらげてゆく。
楊ゼンも腰をおろすとスープを口に運んだ。





それなりに高そうな、何処にでもあるようなマンションの一角に太公望は通された。
つまり、此処が楊ゼンの部屋なのである。

何処にでもあるようなマンションなのに、部屋の作りはかなり変わっていて、
まるで、1DKのようなアパートみたいな感じだった。
広いリビングとキッチンは繋がっており、玄関に仕切りなどなく、全てが一つの空間に。
脱衣所と浴室があり、向かい側には、部屋が一つ。
とてもシンプルな作りで、太公望ははじめてきたにも関わらずとても落ち着いていた。



二人して無言でスープを平らげて行く。



「やっぱり、乾いていた方がよいな」

コトリと床に皿を置くと、太公望は不意に口を開く。



「おぬしの髪」

コンクリでできた壁と床に、楊ゼンの綺麗な青い髪はとても綺麗に映えるのだ。
まるで、そのためにコンクリが灰色になったかのようで。


「真っ青だのう。綺麗だ。それにおぬしも綺麗」

ゴロリと冷たい床に横になり、其の辺にあった毛布に太公望はくるまれる。
其の様はまるで子猫が毛布と戯れているようで、楊ゼンは顔の筋肉を緩ませる。



「そんなに、綺麗ですか?」

自分の髪を掴みながら苦笑した。
原色だらけのこの部屋で、唯一色をもっているのだ。


「ああ、眼も、綺麗な色をしているのう」

仰向けになり楊ゼンを見上げながら太公望は云う。
それでも毛布に包まる事は忘れないで、
肌さわりを確かめるかのように太公望はモゾモゾと動き、毛布にすっぽりと隠れてしまう。。



「なんなら、あげますよ」

唐突に楊ゼンが云うものだから、太公望はひょっこりと毛布から顔を出して、
マジマジと楊ゼンを見つめてしまう。


「あなたに、あげますよ。この色も、全て」

いたって本気な眼で太公望を見据える。
不思議な色をした太公望の眼が細められた。


「それは、嬉しいのう。有難く受け取るよ」

フっと微笑みを浮かべ、楊ゼンの髪に手を伸ばした。


「そしたらわしは、空を独り占めだ」


「贅沢者ですね」

楊ゼンも笑みを浮かべた。




 とても


 とても僕らは自然に馴れ合い、

 自然と僕らは一緒に居る事になった。




 僕は本気で全てをあなたにあげてもいいと思ったんだ。




 

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