おだやかな春のことでした
ENJOYEE!
「楊ぜん、わしのこと好きか?」
「・・・どうしたんです突然」春らしいぽかぽかした陽気の休日。
多少強引ながらも楊ぜんは太公望を抱っこして、二人で足をぶらぶらさせながら廊下の端に腰掛けてひなたぼっこをしていた。
もはやそんな公共の場でいちゃいちゃしていようが、この二人を気にとめるものは誰もいない。
そのおかげか、最初は嫌がっていた太公望も今では大人しく楊ぜんの腕に収まって暇つぶしに本を読んでいた。
で、本を閉じたかと思ったら突然の質問。
「いいではないか。今聞きたいのだ、のう、好きか?」
「もちろんですよ。好きで好きでしょうがないです。こんなに愛しいのはあなたひとりですよ・・・」
自分で聞いてきたくせに、太公望の耳がぽっと染まる。
それを後ろからの一番ナイスな位置で見ていた楊ぜんは、たまらず可愛いつむじに口づけた。
「ぬ・・・おぬしはもう・・。じゃあのう、どこが好きだ?」
「可愛らしい外見も優しい心も筋の通った性格も人柄も雰囲気も・・・あ、じじい言葉も外見とのギャップが可愛くて大好きですよ」
「・・・・・では哮天犬は好きか?」
「は?ええ、それは好きですけど・・・」
「どこが?」
なんでここで哮天犬?と首をかしげる楊ぜんに、太公望は足をばたばたさせて続きを促す。
小さな子供みたいな仕草に苦笑すると笑うなとでも言うように、小さな頭が胸にぐりぐり押し付けられた。
クスクス笑いながら楊ぜんは少しうーんと考えて。
「どこが・・・・・そうですねぇ、何かもう自分の一部みたいな感覚がありますし上手く言えないんですけど・・うーん」
「・・・・・・・」
「師叔?」
今まで背を向けていた太公望が楊ぜんのほうを振り向いていた。
意外にも至近距離で、楊ぜんがドキリとしたのも束の間、悲しそうに歪められた表情にもう一度心臓が跳ね上がる。
それからまた彼は前を向いてしまい楊ぜんが何度問い掛けても振り向こうとはしなかった。
「師叔?ねぇ、僕何か気に触る事言いました?」
「・・・・・・・・」
甘い雰囲気から一変して、腕の中で縮こまってすねすねモードになってしまった太公望。
そんな気まぐれな恋人に楊ぜんは困ってしまって、優しく声を掛けつづけるしかなかった。
。。。。。
「じゃあ師叔、師叔は僕のこと好きですか?」
「きらいじゃ」
このままじゃせっかくのラブラブな休日が駄目になってしまう!と、楊ぜんはなんとか太公望の興味を引こうと話題をふる。
が、返された答えは何とも冷たいもの。
がーん・・・とバックにベタフラを背負って落ち込む楊ぜんに、太公望は溜息をついた。
冗談だというように背後の暖かい胸に頬を擦りよせる。
そうすると途端に元気になる楊ぜんはしっぽでも振る勢いで太公望を抱きしめた。
「ねえ、ねぇ師叔、好きでしょう?」
ねだるよなこの視線に恋人が弱いと知ってか知らずか、至近距離で見詰め合う。
赤くなってしまった太公望がやっと小さくコクリと頷くと、小さくキスをして質問をかえる。
「ではどこが好きですか?」
「なんだそれは。さっきのわしのマネかのう」
「いいじゃないですか。で、どこが好き?」
「・・・・うー・・・うまく、言えぬ・・・・」
恥ずかしくて言えぬわっとじたばたする太公望だったが、反対に楊ぜんはそれっきり微動だにしない。
そしてもう一つ質問。
「じゃあ哮天犬は好きですか?」
「・・・・やっぱりわしのマネではないか。そんなこと聞いてどうする?」
「だって・・・きっとあなたは哮天犬のことあったかくて好きとか可愛くて好きとか簡単に言うんだ。僕のことは言えないのにひどいですよ!」
「何!?おぬしのほうがよっぽどわしより酷いではないか!あんなに簡単に言いおって・・・」
「どういうことです?」
しまったと思ってももう遅く、太公望は強引に楊ぜんと向き合うように座らされてしまった。
最初は恥ずかしがって戸惑っていたけれど、楊ぜんが優しく髪を梳いて促してくれる。
太公望は諦めたように溜息をつき先ほどまで読んでいた本を取り出した。
「本・・・?がどうかしたんですか?」
「これに書いてあったのだ・・・」
ぱらぱらとページを捲り、ほらここ、と指をさす。
太公望が読んでいたのは蝉玉から借りたらしい某女性雑誌。
指をさされたところを楊ぜんが覗き込むと、女性達の恋愛観が特集された記事が書かれていた。
読み進めていくうちに無意識に楊ぜんの口元はだんだんとほころんでいく。
「普通に好きなものだったら簡単に好きだとか、どこが好きだとか言えるけど・・・本当に心の底から好きなものには上手く言葉にできないって・・・・」
「師叔・・・・」
「だからおぬしはわしのことなんて、ホントはそんなに好きじゃないのかと思って・・・」
不安げに見つめてくる太公望を、楊ぜんは、ああもう!と力いっぱい抱きしめた。
落ち込む自分とは正反対な何だか嬉しげな楊ぜんに、太公望はばたばたと暴れる。
でも、そんなことにはお構いなしに強く抱きしめてくる腕は確実にさっきまでの不安を優しく包み込んでくれていた。
腕に抱いた小さな身体が落ち着いたのを見計らって、楊ぜんはとろけそうな笑顔で恋人の顔を覗き込む。
「ということは師叔・・・あなたは僕のこと、心の底から好きでいてくださっているということですよね」
「なっ・・・・!そ、そそそそそんなこと言っておらぬ!!」
「動揺しちゃって・・可愛い人だ。凄く嬉しいですよ師叔」
「ぬぅ〜・・!で・・でも・・お主は違うのであろう?」
「まさか」
そこで可愛いおでこにちゅっとして、俯いてしまった顔を上向かせる。
潤んだ瞳が責めるように見つめてくるけれど、それさえもこんなに愛しいのに。
「僕だって、あなたと同じ気持ちです。あなただけを心の底から愛してます」
「・・・哮天犬のほうが好きなくせに・・・」
「哮天犬にまで嫉妬なんて可愛い・・・・」
拗ねたように尖らされていた唇の愛らしさに、楊ぜんは思わずそこをぱくっと閉じ込める。
舌で深く押し入って隙間のないほど唇を合わせて。
幾度か角度を変えて口づけた後、酸素を求めてせわしなく呼吸する背中を優しく撫でてやる。
「哮天犬はね、長く一緒にいすぎてどこが好きだとか考えたこともないから言葉に出来ないんです。でも、師叔にだって本当はあれでも上手く言葉にできてないんですよ?」
「・・・・・・」
「もっと、ホントはもっと伝えたいんですけど、あんなことしか言葉に出来ない自分がもどかしくてしょうがない・・・」
「・・・・・・」
「それでも言葉にして言ったのはそれでも伝えたいからです。溢れてくるんですよ」
「も、もうよい///・・・充分わかったから」
愛しげに見つめてくる瞳に耐えられなくなったらしい太公望がぎゅっと楊ぜんの胸に顔をうずめる。
言いたい事は、ちゃんと伝わったのだろう。
相思相愛なことを確認した太公望の表情はいつになく満足げだった。
「ねえ、師叔」
「ん?・・・ってぬぁ!」
顔を上げた途端軽い身体を持ち上げられ、気がついたら太公望は白昼堂々押し倒されていた。
しかもこんな城の廊下で。誰が見ているかもわからないのに。
現に今、通りすがりの女官が顔を真っ赤にして走り去っていった。
「楊ぜん!やめぬか〜!!こんなところで・・・」
「ねえ・・・僕があなたのこと、一番に好きじゃないと思った?」
「そ、それは・・・」
「泣いちゃいそうでした?」
「・・・・・・・」
真っ赤になった顔はYesと言っているようなもの。
それでも楊ぜんは嬉しそうにいじわるする。
柔らかいほっぺをぷにぷに突付きながら、めったに聞けない言葉を聞きたがる。
こんな休日もたまにはいいかもしれない。
「ねぇ、ねぇ」
「・・・うるさいうるさい〜><!!////」
その後、この現場を目撃した女官のはからいなのか、誰一人廊下を通る者はなく。
2人は心おきなくラブラブな休日を過ごしたらしい。
というお話。
おわり。
|