思ってたより軽くて、思ったよりいい匂い。思ってたより細い身体に、思ってたよりちからが篭もる。
思ってたより君は華奢で、思ってたより柔らかかった。
僕が思うよりずっと君は。
今日は師叔と一緒に町へ出かけることになっていた。
出かけると言ってもただの視察だが、この際どうでもいい。
愛しい人と一緒にいられるのだから。
午前中には仕事を終わらせ、哮天犬に乗り二人で一緒に町へ出かける。
四不象は仙人界におつかい中とのこと。
珍しく哮天犬の後ろに乗りたいと言いだした師叔(いつもは僕の前に乗る)を僕の後ろに乗せて。
危ないからしっかりつかまって、と言ったら町までの距離をずっとしがみつかれたままだった。
僕はといえばらしくなくずっと緊張しっぱなしで、顔は誰にも見せられないくらい赤かっただろう。
胸のあたりをしっかりと掴む小さな手と、背中の暖かさが危うく僕の心臓を壊すかと思った。
そんなこと。
きっとあなたは知らないだろうけど。
「楊ぜん!あれあれっ」
町へついた途端師叔は哮天犬から飛び降り、一つの店を指さす。
背中のあたりの寂しさを気に掛けながら僕は意地悪く苦笑する。
「師叔、今日は視察じゃありませんでしたっけ?」
「そ、そうじゃよ?・・・・だがちょっとくらい良いではないか」
「さては最初からあれが目当てでしたね?」
「う゛・・・・相変わらず鋭いのぅ〜」
恨めしそうに見上げてくる師叔があまりに可愛くてつい微笑んでしまう。
師叔の目当てはあんまん。
この時期に限定で売られる特別なあんまんらしい。
「のう楊ぜん良いであろう?・・・・・あっ、旦には内緒じゃぞ?」
悪戯っぽく見上げてくる師叔。
その上目遣いは計算ですか?と聞きたくなるくらい。
わざとらしく溜め息なんかついたりして、僕がしょうがなく許可をだすと師叔はすごく嬉しそうに微笑んだ。
それはもう今すぐ抱き締めて食べてしまいたいくらいの、笑顔。
それが出来ないのがちょっと悲しいけど。
「にょほほほ〜このあんまんにはずっと目をつけておったのだv食いまくるぞ〜」
「あ、視察のほうも忘れないでくださいよ?」
「わかっておるわかっておる。でも今はあんまんが・・・・・・あっ」
「師叔!」
僕の言葉に師叔が振り向いたとき。
歩きながら話していたせいで、それがよそ見となり師叔がつまずく。
体勢がくずれ、地面に衝突する前に、僕は後ろから師叔の身体を抱き込んで支えた。
「・・・・・!」
甘い、匂い。
「危なかったのぅ・・・;有り難う楊ぜん」
「・・・・・・・・」
「楊ぜん?」
「え?あっ・・・大丈夫ですか師叔?」
「うむ・・・・それよりそろそろ離してもらえると有り難いのだが・・」
「あ、ハイッ」
抱き込んだままだった師叔を慌てて解放する。
本当はもう少しこのままでいたかったなんて。言えないけど。
師叔はそのまま何事もなかったかのように、再びあんまんを求めて嬉しそうに歩き出した。
僕はその後をゆっくり追いながら。
手のひらが、軽さを思い出す。
僕が思ってたよりずっと、軽くて。
前を歩く師叔の耳が微かに赤いことを。
この時僕は気付かなかった。
□□□
視察を終え、というかあんまんをたっぷり堪能し、夕方頃にわしらは城へ戻ってきた。
おみやげに楊ぜんがあんまんを買ってくれた。
紙袋にいっぱい入ったそれが今、わしの腕の中に。
楊ぜんと別れ、自室にもどると途端に顔が緩んできた。
「楽しかったのう今日は・・・・・あんまんは沢山食べれたし」
あやつと一緒だったし。
と思った途端急に頬が熱くなったりして。
わしがこんな思いでいることなど。
きっとあやつは知らないのだろうけど。
しばらくごろごろしていたが、そういえば視察の報告をしてないな、と思い執務室へ向かった。
部屋の灯りはついているから、きっと武王なり周公旦なりいるだろうと、扉を開ける。
「楊ぜん・・・?」
「あれ?師叔、自室に戻られたのでは?」
「・・・・・・お主こそ」
「武王がまたエスケープしたようで・・・・仕事押しつけられてしまったのですよ」
「まったくあやつは・・・」
って人のこと言えないが。
ひとりでやらせるのも何だから、わしも手伝うことにする。
楊ぜんは一人で大丈夫だと断ったが、あんまんの礼だといって席について書簡を広げる。
わざと楊ぜんの正面の席に座ったりして。
というかいつもそこの席に座っている。
ここの位置からだと、あやつの綺麗な顔がよく見えるのだ。
さらさらさら。
しばらく部屋には筆のすべる音だけがして。
ちらっと、楊ぜんを盗み見る。
臥せた瞳、それを縁取る長い睫毛。
動くたび蒼い髪がさらっと揺れる。
ときどき書いた内容を確かめるように、流麗な文字を長い指先が辿って。
「師叔・・・・師叔?どうかしましたか?」
「・・・・あっな、なんでもない」
「顔赤いですよ・・・もしかしたら熱でも・・・」
「・・・・っ」
思ってたほど鍛えられてない、綺麗な指先。
熱なんかじゃなくて、これはおぬしに見とれていたせい。
なんてとてもじゃないけど言えるはずもなく。
勘違いした楊ぜんはわしの額に手のひらをあてようとしてきた。
反射的に後ずさってしまい、その拍子に椅子が後ろへぐらっと傾く。
「のわっ・・・!」
わたわたと何とか倒れないように足掻くが無駄なようで。
衝撃を予想して目を瞑った瞬間強い力に引っ張られた。
暖かい。
思ったより強いちから。思ってたより逞しくて。
「危ないですよ師叔・・・大丈夫ですか?」
「う・・・うむ・・・スマン」
わしは楊ぜんの腕の中にいた。
また助けられてしまったのう・・・。
礼を言って腕の中を抜け出そうとしたが、何故か楊ぜんが離してくれない。
なんじゃ。
もっと顔が赤くなる前に止めて欲しいのに。
見上げれば楊ぜんの笑顔があって、頬がだんだん熱くなってきた。
「のう・・・もう離し・・」
「また逃げられるかもしれませんからね。さ、熱を計らせてください」
「だ、だから熱などないって・・・」
「念のため」
手のひらが。
更に顔を赤くさせるとも知らずに、わしのおでこに優しく触れる。
恥ずかしくて、ぎゅっと目を瞑っていたが、いつまでも離れていかない手に不思議に思って楊ぜんを見上げる。
「・・・・!」
瞳が合って、そのまま。
思ってたより見つめていたのか、思ってたより触れあっていた。
「・・・・・よ・・うぜん、手・・・」
「っ・・・スイマセン。ちょっと熱あるようですので今日はもうお休みください、あとは僕がやっておきますので」
「う、うむ。すまんのう・・・」
本当はもうちょっとこの状態でいたかったけど。
心臓がもちそうもない。
おやすみと言って部屋を出て。
そっと自分の額に触れる。
思ってたより、手のひら大きいのだな。
一人残された執務室で。
あやつの顔が常より赤くなっていたのを、わしは知らない。
思ってたより君がすきで。
思ったより、君のことが好きで。
こんなに近いのに。
言葉だけが足りないようで。
思ってたより、切なかった。
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