だって恋人の特権じゃないか。
おねだりプリン
おねだりされすぎちゃって困るなんて、一度は言ってみたいもんだ。
あんた充分されすぎてんじゃないのあの我が侭太公望に、と思われるかもしれないが。
それは違う。激しく違う。
何が違うかって、おねだりされすぎちゃって困っているのはいつもいつも昼間のこと。
楊ぜんだって健康的な成年男子(ただし歳は3ケタ)、男の浪漫だってちゃんと持ち合わせている。
可愛い可愛い恋人がいて。やっと愛を交わす行為にも慣れてきてくれて。
今が人生うん百年の中で一番幸せだ。幸せすぎて困るなんて、言っても言ってもいいたりない。
だけど楊ぜんはこれでもまだ満足したりなかった。
つまり。おねだりされすぎちゃって困りたいのは夜も深まる恋人達の甘いあまーいときなのだった。
コレすなわち男の浪漫。
分量を慎重に量り、さじで掬って手元の白い粉とよく混ぜ合わせる。
適度に馴染んできたところで、楊ぜんはふっと息を吐き、卓上から落ちてしまっていた薄っぺらい紙を拾い上げた。
そこには何やら妖しげな薬の作り方がびっしりと書き込まれていた。
前に流れてしまっていた髪を気怠そうに掻き上げ、内容は別として何かの書類を眺めているその姿は男前もいいとこである。
そこらの女官が見れば確実に卒倒しそうな美貌の男楊ぜんは、けれどその姿に反し、頭の中では相当不埒なことを考えていた。
思わずニヤリと歪んでしまう唇の端を精一杯引き締めようとするが、歪んでしまうものは歪んでしまう。
薬の出来に間違いがないか目を通していた紙から顔を上げ、今完成したばかりのピンクの粉をじっと見つめる。
ああやっぱり駄目だと、思わず天才らしからぬ(というか人として(人じゃないけど)ヤバイんじゃないかという)変態さんの顔で、引き締めていた唇の端がニヤリと妖しい形に歪められた。「なーにを一人でニヤニヤしておるのだお主は」
「・・・・!!すすすす、す・・師叔!?」
突然ひょこっと顔を覗きこんできたのは、楊ぜんの最愛の人、目の中に入れても痛くないというかむしろ入れてしまいたい(何処に何を)ほど可愛い可愛い恋人、太公望だった。
見られてしまった妖しい顔に後悔しつつ、楊ぜんはとっさに引き出しの中に薄っぺらい紙を隠す。
珍しく慌てている恋人が面白いのか、けらけら笑っている太公望には幸い見られずに済んだらしい。
薬のほうはまだ出しっぱなしだったがきっと何の薬かなんてわからないだろう。
「で、何をしておるのだ?」
「仙丹の調合ですよ。最近減りが早いので今のうちから作っておこうと思いまして」
「昼休みにまでご苦労なことだのう。メシも食っておらぬであろう」
「ええ、でも少しくらい食べなくても平気ですし・・・」
「・・・・で、でもわしは、一緒に食べたかったぞ。なのにお主は仕事が終わった途端部屋に篭もってしまって・・・」
「寂しかったのですか?」
幸せ絶頂といった笑顔の楊ぜんに、恥ずかしがり屋の恋人はふんっとだけ言って顔を背けてしまう。
ほんのり赤くなった耳をスッと撫でてやれば、ぴくっと反応して恐る恐ると言う感じでこちらを伺ってくる。
それはまるで小動物。子うさぎか子猫か子犬といった感じである。
今ここに太公望がいるのは、ほんの一時でも自分と離れて寂しいと思い、会いに来たからなんて。
気を緩めれば先程のようににやついてしまう唇を、今度こそしっかり引き締め、優しい微笑みを浮かべる。
「ね、師叔。寂しかったのですか?教えてくださいよ」
「・・・・わしの傍を離れるでない。いつも一緒におると言ったではないか」
赤く染まった顔と上目遣いで見上げてくる心なしか潤んだ瞳は、見事に楊ぜんのハートを鷲掴みにした。
きゅうんっと音がするんじゃないかというほど(女子中高生じゃないんだからあんた)今更ながらに胸が締め付けられ、太公望が可愛くて可愛くて大切で大切で仕方なくなってくる。
萌え萌えしてる楊ぜんを、そうとは知らず無垢な瞳が覗き込んでくる。
これは極上のおねだりだった。いつもこんなおねだりなら大歓迎なのに。
細い身体を引き寄せて、寂しい思いをさせてしまったことへお詫びして、ぎゅっと抱き締める。
「大好きですよ師叔・・・」
「・・・知っておる」
そう言ってぎゅむっと胸に埋められた顔は恥ずかしそうに染まって。
それから小さく、わしも・・・・と呟かれた言葉に楊ぜんのハートはまたもやこの太公望に持って行かれてしまった。
当然なけなしの理性も持って行かれてしまったわけで。
ここは自室なわけで。腕の中には愛してやまない恋人が大人しく抱かれているわけで。
(据え膳食わぬは男の恥なわけで・・・・)
そうと決まれば(決めれば)押し倒すしかないだろう。
・・・さっそく先程作ったばかりの薬も試すことが出来る。
楊ぜんは勢い良く、けれど優しく太公望に覆い被さった。
「師叔・・・・v」
「・・あっ・・」
駄菓子菓子。だがしかし。
今まさに愛の行為に入ろうとした二人を、昼休みが終わる鐘の音が邪魔をした。
楊ぜん的にはそんなのまったくこれっぽっちも関係なかったのだが、太公望はとういうと脱がせたばかりの衣服をいそいそと着込んでいる。
「あ、あの師叔・・・?」
「のう楊ぜん、ちょっとどいてくれぬかのう?」
ああ、そんな可愛い顔でそんなおねだりされても困ります・・・!
とは思いつつ太公望には激弱の楊ぜんは、それに従うしかなかった。
まるで何事もなかったように執務室に向かう小さな背を見送り(早く来いとも言ってくれない)楊ぜんは、虚しさ全開で妖しげな薬をこっそりと引き出しの中にしまい込んだのだった。
「のうのう楊ぜん、この仕事手伝ってくれぬかのう?」
午後の仕事が始まってからまだ5分も経たないというのに、太公望はもうすでにおねだりモード(さぼりモードとも言う)に入っていた。
いつもならここで周公旦による愛のムチ(ハリセン)が飛んでくるのだが、生憎というか太公望には都合良く執務室のボスは仕事のため昨日から城を留守にしている。
ここぞとばかりに甘えてくる太公望は非常に非常に可愛くて、楊ぜんもついつい甘やかしてしまっていた。
「のーう楊ぜん、桃が欲しいのう」
「そろそろ休憩にしますか?」
「うむv」
そろそろてあんたまだ仕事開始から10分も経ってないっちゅーの、というツッコミは野暮ってもんである。
楊ぜんは太公望の我が侭が嬉しかったし、ここで駄目といってこの甘い雰囲気を壊したくはなかった。
ねだるたびに向けられる上目遣いの瞳に、先程の熱が暴れだしそうになるがそこはぐっと耐える。
お望み通りによく冷えた桃を太公望に出してやり、嬉しそうに食べる姿を見て楊ぜんはフフッと笑った。
夜がある。夜が。勝負は夜だ。
そんな不埒なコトを考えている間にも我が侭な恋人は、肩を揉んで欲しいだのもう一個桃が欲しいだの、我が侭言い放題。
ホントにおねだりされすぎちゃって困る状態なのだが、楊ぜんが望んでいるのはこういうことではなかった。
そりゃあこういうおねだりも可愛くて仕方ないけれど。
この健康すぎる男楊ぜんはもっと色っぽいおねだりを望んでいるのだ。
「師叔もう全部食べちゃったんですか?」
「うむっ。満足じゃv」
「じゃあお茶でも・・・・」
「ん・・・待て」
席を立とうとした楊ぜんを太公望が引き留める。
逆に太公望のほうが席を立ち、そのままスタスタとお茶を煎れに・・・ではなく、楊ぜんの隣に行き立ち止まる。
どうしたのかと楊ぜんも立ち上がり、じっと目線を合わせてくる幼い顔を見下ろした。
まずくいっと袖が引かれる。それから潤んだ瞳に気付く。頬がピンクに染まっている。
「師叔・・・・」
「・・そんな気分なのだ」
そんな気分って何て大胆な・・!!
太公望は更に楊ぜんを煽るように、大きな瞳をぱちっと閉じる。
恋人の思わぬ行動に楊ぜんは驚きつつ、その手はちゃっかり細腰に回されている。流石である。
珍しく、恥ずかしがり屋の太公望が、自ら口づけをねだっているのだ。
こういうの、こういうのを待っていた。
ん、と心持ち唇を上向かせる仕草がとても可愛らしい。
震える睫毛。もしかしたらこのままコトに持ち込んでもいいんじゃないか的な雰囲気が漂っている。
今日の太公望は何だかすっかり甘えモードで、薬なんかなくたって、おねだりしまくってくれるんじゃないか。
「ん・・楊ぜん・・もっと、まだやめちゃヤなのだぁ・・」
「ふふっまだ欲しいんですか師叔?」
「欲しい・・ッ・・もっと楊ぜんが欲しい・・・」
「仕方のない人ですね。これが最後ですよ」
「やぁ・・・もっと、もっとして・・・ぇ・・・」
以上楊ぜんの妄想。
もっともっとと自分を欲しがる恋人。
男の浪漫である。
そんなコトを考えつつもしっかりと口づけに応えているのは流石天才。
逃がさぬよう、もう仕事には戻さぬようしっかりと腕の中に閉じ込めれば、太公望の唇から甘い吐息が零れ落ちる。
さて本格的にコトに及ぼうと、口づけを深いものに変えようとしたとき。
甘い雰囲気を壊すようにバンッと乱暴に扉が開かれ、それと同時に楊ぜんはどんっと突き飛ばされ壁に激突した。
「太公望〜!街行かねぇか街!せっかく旦もいないことだし、なっ」
「発!いきなり入ってくるでないこのダアホ!」
「んだよ、どうせ楊ぜんとラブラブいちゃいちゃしてたんだろ?独り身の寂しい俺がそんな奴等の邪魔をして何が悪い」
「・・言ってて悲しくないか・・・?」
「まぁそんなことはいいんだよ!それより街だ街。うまい酒が飲める店見つけたんだよ」
「何!酒!?それを早く言わんかい、行くぞ発!」
「ちょーっと師叔!!!」
がばぁっと復活した楊ぜんは今にも執務室を飛び出していきそうな太公望の腕を寸でのところで捕まえる。
姫発には憎しみすら込めた瞳で怯えさせ、捕まえた腕は強くなりすぎないように掴み、そっと引き寄せる。
せっかくその気満々だったのに、こんなところで一人にされたら堪ったもんじゃない。
夜があるじゃないか、なんてセリフは聞きたくない。
単に太公望が他の男に持って行かれるのが気に入らないのだ。
「ねえ師叔・・・」
「ようぜん、夕方頃には戻ってくるから。後の仕事頼めるか?やっぱり駄目かのう?」
駄目に決まってるじゃないですか!と本来口にする言葉は、あっさりおねだりモードの可愛らしさに引っ込んでしまった。
かわりに、はい任せてください。お気をつけて師叔。などと言う始末。
嬉しそうに未だ怯えた姫発を引きずって城を出て行く太公望を見ながら、楊ぜんは本日何回目かの溜め息をついた。
だからされたいのは、こういうおねだりじゃないのに。
それでも泣く泣く仕事に取り掛かるのは愛しい恋人のお願いだから。
取り敢えず帰ってきたら武王は私刑だ。
「・・・・・ようぜん?」
「・・・・・」
「のう、怒っておるのか?」
「・・・・・」
「楊ぜん・・・・・」
しんっと静まり返った部屋に、小さく途方に暮れた声が響く。
あとちょっとすれば泣き出してしまうんじゃないかと思うが、それを気にする以上に楊ぜんは怒っていた。
夕方には戻ってくるという太公望の言葉を信じ、健気に仕事をこなし続けた楊ぜんだったが。
夕方になっても日が沈んでも夕飯が終わっても太公望は帰ってこなかった。
本当なら一日中傍にいられるハズだったのに、二人の時間を何よりも大切にしている楊ぜんが腹を立てるのは当然のことだった。
太公望もそれを充分承知しているから、申し訳なくてしょうがない。
「何の連絡もなしに、こんな時間まで帰らなかったら心配するでしょう?」
「すまん・・・」
「傍を離れるなと言ったのは師叔のほうなのに」
「・・・傍にいたいよ」
「だったらどうして・・・」
「楊ぜんの傍にいたい」
怒りの分だけ離された距離が不安なのだろう。
ぽふっと抱き付かれ、楊ぜんはこんな時なのにドキリとしてしまう。
だからどうして自分はこんなにこの人のこういうところに弱いんだろうと、困ったように上を見上げ長い溜め息をつく。
それにビクッと反応した身体を安心させるように撫でてやり、頬に手を当て上を向かせた。
「わかりました師叔。あなたのほうから口づけてくだされば許してあげます」
「・・・・え・・・」
「口づけて?師叔・・・」
滅多にない楊ぜんからのおねだり。
少し強引で。反論させる間は与えさせない。
太公望は少しの間瞳を彷徨わせ、それから意を決したように長い髪の一房をぐいっとひっぱった。
「・・・こ、これでよいのだろうっ!」
「ええ、有り難う御座います」
「・・・・その・・・許してくれるのか?」
「次にこんなことがあったらもう許してあげませんよ?」
「う・・わかった・・・」
そしてもう一度すまぬ・・・と呟く太公望が可愛くて、ぎゅっと抱き締め愛しい人を閉じ込める。
今度こそ誰にも持って行かれぬよう。
遠慮なく髪やつむじに口づけていると、くいくいっと袖を引かれる。
「何ですか?」
「のうのう、何かして欲しいことはないか?」
「え?」
「何かそんな気分なのだ、お主の言うこと聞いてやるぞっ」
何か凄いこと言われているような気がする。
きっとこの可愛い恋人の中にはまだまだ罪悪感が残っていて、楊ぜんのご機嫌を取ろうとこんな可愛いことをいいだしたのだろう。
こんなに純真無垢な可愛い人他にはきっといない。なんて自分は幸せなのだろう。
けれど、何度も言うようだが健康すぎな成年男子、好きな人にはいつだって盛っていたい男楊ぜんは、不埒なことばかり考え始めていた。
言うこと聞くなんてそんな簡単に言っちゃっていいんですか師叔!!
ヤバイ人の顔になりそうなのを必死に耐え、けれど急速に身体の熱が上がっていく。
のうのう、と無邪気に問いかけてくる太公望は、可哀相だが目の前の男が狼さんになってしまったことに気付いていない。
「では師叔、手始めに頬に口づけてくれますか?」
「手始め・・?そんなことで良いのか?・・・ん」
ちゅっと音を立てて口づけて、太公望は楊ぜんの胸に顔を隠してしまう。
やっぱり恥ずかしかったのだろうか。
頬が赤くて、可愛くてしかたがない。・・・・押し倒したい。
このムラムラした気持ちをどう相手に抵抗無く伝えるか考えているうちに、今度は髪がくいっと引っ張られる。
「わしが髪を結ってやる。邪魔であろう」
「え?あ・・・・じゃあ、お願いします」
「うむvお主のお願いなら仕方ないのう」
本当はただ単に自分がお気に入りの髪を弄りたかっただけなのに、言い訳のようにそんなことを言う人に愛しさが募る。
ついでに、もっと違うお願い(とっても不埒なこと)も聞いて欲しいと、太公望の可愛さに思考が暴走を始める。
「髪留めは引き出しのなかであろう?この前浮気調査したとき見つけたのだ」
「浮・・・ってそんなことしてたんですかあなた。僕が浮気なんかするはずないでしょう?」
「それは分かっておるが一度やってみたくての・・・・お、あった」
「まったく・・・」
可愛い人だ僕の師叔は、などと考えていていいのだろうか。
可愛い人だ辺りから序所に気付きはじめ、楊ぜんがあっと思ったときにはもう遅かった。
太公望は引き出しの中を凝視して固まっている。
きっとその視線の先には、薄っぺらい紙と苦労して作った薬があるのだろう。
いくら薬作りに疎い太公望だとしても、聡い頭脳ではきっと理解してしまう。
媚薬なんて生やさしいものじゃない、1週間はずっと、男だったら勃ちっぱなしになってしまうような強力な薬の作り方と、ピンクの粉の正体を。
浮気がばれるのと今の心境とどっちが辛いだろうと、なんとなくぼんやり考える。
考えるだけ無駄だったが。だって浮気なんかに興味はない。
「あの・・・それは武王に頼まれまして・・・」
「よ・う・ぜ・ん」
「・・・・ゴメンナサイ」
言い訳して悪あがきしてみたものの、太公望には全てお見通しらしい。
怖いくらいにっこりしながら、びりびりと紙を破られ薬を没収されても楊ぜんには何も言うことができなかった。
「仙丹ではなかったのかのう・・・?」
「・・ゴメンナサイ」
「お主はこの先1ヶ月えっち禁止じゃっ!」
「えぇ!?」
「えぇ、ではない!こんな妖しげなもん作りよって・・・・キスも駄目だからな!あと一緒にお風呂にはいるのも!」
「そんな師叔〜」
情けない声で縋ってみても無駄なものは無駄。
太公望はじゃあな!と言うとさっさと自分の部屋に帰っていってしまった。
今日2回も3回も中途半端に煽られたこの熱をどうしろというのだ。
そうでなくても年中無休24時間準備OKの身体が1ヶ月も愛しい人を抱けないなんて。
楊ぜんは自分の迂闊さを呪いつつ、男の浪漫達成への新たな計画を性懲りもなく立てるのだった。
反省のいろナシ!
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