一緒に暮らし始めて、一日目の朝ご飯で。
それとこれとは別。
「ふぁ〜・・・・」大きなあくびを隠そうともしないのは、見ているやつがいないから。
わしは眠い目をこすりながらふらふらと洗面所を目指す。
隣に寝ていたやつはどうしたのだろうと、ちらっと思ったが、台所からする音に朝飯でも用意しているのだろうと推測する。
まぁ推測でなく、実際用意しているのだろうけど。
顔を洗って、タオルがいつもの位置にないことに首を傾げる。
冷たい水だったわりに、あまり頭が覚醒していないらしい。
洗面台の横にかかったタオルを見つけて、あ、と思った。
「あぁ・・・そうか」
わしは昨日ここに越してきたのだ。
あ、違う。『わしら』か。
思い当たった答えに、わしはちょっとだけ頬を緩める。
兼ねてからの、わしの恋人----楊ぜんの希望により、わしらは2人暮らしを始めた。
わしのアパートでも充分なのに、新しいマンションに移り住んで一日目。
このタオルはきっと楊ぜんが用意したものだろう。(きっとというか2人しかいないのだから絶対)
ちょっとした、生活の中での違い。
ぱたぱたとスリッパを鳴らしながら、トーストの焼けた匂いにつられて台所に行く。
「あ、師叔おはようございます」
「うむおはよう、楊ぜん」
楊ぜんはちょうどトースターからパンを取りだして、わし用の苺ジャムをぬっているところだった。
この朝ご飯だって、わしはいつも和食だが楊ぜんは洋食派。
つき合いが長いからそんなことは知っていたが、それはこれからずっとわしの生活の中にもはいってくる。
おはよう、だって今まで一人暮らしだったから家の中で言ったことなんてない。
2人暮らしは生活習慣の違いだらけだが、わしは結構嬉しかった。
楊ぜんはテキパキとサラダの盛りつけをしている。
どうせ食べてしまうのだからそんなに綺麗にやらなくてもいいのにのぅ、と思いながらパンを片手に新聞に手を伸ばした。
「ちょっと師叔、食べながら新聞読まないでくださいよ」
「むー・・・これがわしの日課なのだ!」
「ほらこんなにボロボロこぼして・・・ハイ、後で後で」
「あっコラ返せ!」
ひょいっと新聞を奪い取られるが、『だって師叔とちゃんと向き合ってご飯食べたいんです』なんて言われれば奪い返すことができない。
そう言えばわしが何も言い返せないことを承知の上で言ってることを知っているから、余計ムカツク。
それでもちょっと赤くなってしまったわしの頬に楊ぜんはクスっと笑う。
悔しいけれど敵わなくて、わしは苺ジャムたっぷりのトーストに不機嫌にかじりついた。
生活習慣が違うのだから、この力関係もかわらんかのうとか思ったり。
「ねえ、師叔もコーヒーでいいですよね」
「・・・・む、・・・」
目の前に入れ立てのコーヒーが入ったコップが置かれる。
朝食にふさわしいであろうほろ苦い香りが空気にとけていく。
けれどそれが。
わしには耐えられなかった。
「・・・・・気持ち悪い」
「え!?具合でも悪いんですか?」
「違うのだ・・・・・・その・・・・コーヒーの匂いが」
「・・・・コーヒーの匂い?」
楊ぜんは不審そうに自分の入れたコーヒーの匂いを確かめる。
が、別段変わったところはなく。コーヒーを遠ざけるわしの隣の席に移動してくる。
生活習慣の違いは数あれど、というかこれは覚悟していたことだったが。
わしはコーヒーというものがどうも苦手だった。
朝からあの苦いような独特の匂いをかぐと、気持ち悪くなってしまうのだ。
「すみません・・・コーヒー嫌いだったのですね。すぐに違うの用意しますから」
「うむ。すまんのう」
「あれ?でも僕の実家に来たときコーヒー飲んでませんでしたっけ?」
「・・・・だって、お主のおばさんもおるのに・・・コーヒー飲めんなんてかっこわるいではないか」
「僕の前ではいいのですか?」
「お主は別。これからずっと一緒なのに見栄張ってても仕方ないしのう」
楊ぜんが入れ直してくれた紅茶を飲んで、一息つく。
わしのどのセリフが気に入ったか知らぬが、楊ぜんが満面の笑顔で擦り寄ってくる。
「僕は別、ですか」
「だぁかぁらぁー・・・そう言ったではないか」
「じゃあ僕も白状しますね」
「?」
「僕本当は朝って弱いんですよ。今日は頑張って起きましたけど、これから寝坊するかもしれません」
「ほう・・・・・いつも完璧なお主がのう・・・ふーん・・・」
「あ、なんですかその顔は。自分だってコーヒー飲めないくせに」
「それとこれとは別じゃっ」
いつもなんでも完璧にこなしてしまうこやつだから、低血圧でボーっとしてる姿なんてさぞかし見物だろうな。
想像して笑っていると、ふいに目の前が蒼く染まる。
「んー・・!」
口が口で塞がれていた。
朝だってのに、遠慮がないにもほどがある。ホントにこやつは朝弱いのか?と疑うほど。
たっぷり約3分間、こんな朝っぱらから濃厚な熱いキスをしてしまった。
「・・・お、お主は何を考えておる!いきなりこんな・・・」
「何って、おはようのキスですよ。だってまだだったでしょう?」
「だからってこんな・・・のーこーなのせんでもよかろう!」
「可愛いなぁ僕の師叔は」
はっきり言ってわしは腰砕け。
楊ぜんが上手すぎるのがいけないのだ!
でも嫌じゃないとか思ってるあたり、わしはどうかしておるのう。
もう一度口づけられ、侵入してくる舌に応えつつ、朝には到底そぐわない水音を聞いて頬を染めた。
「師叔・・・・・」
「・・・苦い」
「え?」
「コーヒーの味がする。苦い」
「・・・・やめますか?」
「それとこれとは別じゃ・・・・ん」
おはようのちゅうなんてわしの辞書には載ってなかったはずなのに。
しょうがないから楊ぜんの生活にあわせてやる。
そのかわり朝ご飯たべながら新聞読むのを許してもらわねば。
そっと唇をはなして見つめた顔は近すぎて、トクンっと心臓が跳ねる。
この顔を、朝っぱらから、毎朝見て飯を食えなんて無理だ。
キスまでしてるんだから顔ぐらい、と思わないでもないがそれとこれとは別。
好きな人と一緒に暮らし始めたんだと実感して、なんだか気恥ずかしいではないか。
|