違いは山ほどあるのです。




続・それとこれとは別。




「わさび、からし、マスタード」
「あとは?」
「辛いガム」

思い出しただけでも嫌なのか、只今甘え真っ最中な太公望は顔をしかめた。
リビングの蒼いふかふかのソファの上。
太公望の同居人であり恋人の楊ぜんは、ゆったりと背もたれに凭れながら可愛い眉間の皺を見つけて微笑んだ。
太公望はそんな彼の膝の上。
膝枕をしてもらい、時々擦り寄ったりして極上の枕を独占している。
ちょんっと人差し指が眉間を撫でて、太公望はくすぐったそうに身を捩った。

「僕は全部なきゃダメ派ですね」
「わしは甘党なのだ。辛いのは苦手じゃ」
「でも唐辛子とかカレーの辛口とか平気じゃありませんでしたっけ?」
「それとこれとは別」
「またそれですか・・・・」

楊ぜんは苦笑して、見るともなしに眺めていた雑誌をぺらっと一枚めくる。
その雑誌を下から見上げていた太公望は、むうっと唇を尖らせた。
両手をのばし、邪魔者を追い払うように、ていっていっとそれを下から攻撃する。
二人しかいないのに、しかもこんなに甘えてるのに、他のものに楊ぜんが目をやっているのがお気に召さないらしい。
楊ぜんはそんな攻撃に微笑みながらも、ちょっと意地悪してなかなか雑誌を離してあげない。
可愛くて甘い、ここはとあるマンションの二人の家。





つい先日楊ぜんと太公望は同居を始めた。
一緒に暮らして初めて気付くことも、生活習慣の違いも多々あれど。
新鮮でおもしろいと笑った恋人に楊ぜんも微笑んで頷いた。
おはようのキスとかおやすみのキスとかそーゆーのはいただけんがな、というのは太公望談。

実は朝にはめっぽう弱いことが判明した楊ぜんは、初日に宣言したとおり2日目からは必ずといっていいほど寝坊していた。
酷いときはどんなに起こしても起きなくて、大学をそろってサボることもしばしば。
そのお仕置きとして、今日楊ぜんは一日中太公望の枕にされている。
前夜にさんざん無体を働かれ、それでも朝ご飯を作るために早く起きる太公望は寝不足で、一日中膝枕なんて楊ぜんにとって嬉しいお仕置きを言い出したのはそのためだった。






「よーするにですね」
「何だ?」

やっと雑誌はソファの下に投げ出され、向けられた視線に太公望は無意識に微笑む。
ふわふわの髪を梳きながら次に囁かれた言葉は笑みを含んでいて、しかしどこかイタズラっぽかった。

「師叔はお子様なんです」
「う゛・・・・」

ズバリと言い当てられ、自分でもその自覚があったのか太公望は言い返すことが出来ない。
今晩の夕飯の話をしていて、いつのまにか嫌いな食べ物の話になって、二人は言い合っていたのだが。
やはり食事の好みは違うもので、ふたりは全く正反対のものが好きなのだということが判明。
相性良くないんじゃ・・という考えは頭を掠めもしないのか、恋人の好みを把握しておけば喜んで貰える料理が作れる、と楊ぜんは上機嫌だった。

「そういうお主はどうなのだっ。さっきからわしにばっかり言わせおって」
「僕は師叔と違って好き嫌いなんてしませんよ。でもちょっと甘いものは苦手ですね・・食べられないわけではないですけど」
「他にはなんかないのか?ピーマンとかにんじんとかタマネギとか」
「それ嫌いなの師叔でしょう。ホント子供みたいで可愛いんですから」
「可愛いゆうでない!」

ぽふっと楊ぜんの腰に抱き付いて、苦しいと言わせようときつくきつく腕をまわす。
しかしもともと腕力のない太公望がそんなことしたって、楊ぜんにとっては心地よい抱擁で喜ばせるだけだった。
くすくす笑いと頭を優しく撫でる手のひらに、太公望もやっとそのことに気付いて悔しそうに一つ唸ってその手を離す。
そのまま楊ぜんの膝に乗せていた頭も浮かせ、起きあがってソファからも降りてしまった。

「師叔?」
「喉かわいた。何か煎れてくるけどお主も飲むか?」
「僕がやりますよ、師叔は待っててください」
「ダメだ。お主は今日ずっと枕なのだろう?枕はひとりでは動けぬのだ」

にっと笑ってそのままキッチンに消えていく後ろ姿を眺め、楊ぜんは苦笑する。
赤い顔を隠すための可愛い言い訳が、らしいなぁと思いながら拾い上げた雑誌をまた一枚ぺらっとめくった。






「お待たせ」

両手にもったマグカップを注視してゆっくりゆっくりと太公望は進んでくる。
こぼれないか心配なのだろう。
その可愛らしい仕草に楊ぜんは、雑誌で顔を隠すように笑いをこらえる。
でも太公望のほうは楊ぜんの震える肩にも気付かないほど真剣で、それがまた楊ぜんの笑みを深くしていた。

「ほれ」
「有り難う御座いま・・・」
「どうした?コーヒーのがよかったか?」
「・・いえ」

差し出されたマグカップを受け取って、その中身を見た途端楊ぜんの表情があきらかにかわる。
不審に思いながらも、楊ぜんの隣に腰掛け太公望は自分の分のホットミルクを冷ましながらこくこくっと飲む。
半分ほど飲み干して、楊ぜんのマグカップを見たがまったく飲まれた形跡がなかった。

「なんで飲まぬのだ?冷めてしまうぞ」
「今ちょっと喉かわいてなくて・・・」
「・・・・・・・」
「師叔・・?」
「ははーん・・そういうことか」

ギクッと珍しくも楊ぜんの肩が揺れる。
恋愛事にはニブイ太公望だが基本的には察しがいい。
それが恋人のことともなると尚更で、楊ぜんがこうやって言葉を濁すときはきっと何か隠しているということは全てお見通しだった。
にやにやしながら楊ぜんの顔を覗き込むと、バツの悪そうな表情で睨んでくる。

「お主がのー・・へぇーふーん、そーかそーか」
「・・・その悪い顔やめてください」
「人のことお子様とか可愛いとか散々言っておいてのぅ〜お主のが全然お子様ではないか」
「師叔のほうがお子様です」
「牛乳嫌いなのにか?」
「Σ・・・・;」

今度は楊ぜんのほうが思いっ切り図星をさされ、やはり珍しく頬を染める。
そんないつもからは想像できない彼がおかしかったのか、太公望は遠慮なしに思いっ切り吹きだした。
楊ぜんは笑い続ける恋人をふてくされたように睨み、開き直った。

「あーもうそうですよ!僕は牛乳苦手です!悪いですかっ」
「悪くはないが・・・・お主子供みたいだのう」
「それは偏見です。大人だって牛乳苦手な人多いんですよ?」
「あーはいはいそうだのう」
「なんですかその信じてなさげな目は・・・」

恨みがましく見つめてくる姿が面白いのか、太公望は笑いっぱなしだった。
いつでも完璧で大人っぽいと思っていた恋人の秘密を知って、かなり嬉しいらしい。
またひとつ違いが見つかったが、それはそれで嬉しいのだ。
なによりこのふてくされて頬を染める姿が新鮮で。

「可愛いのう?楊ぜん」
「・・・・・言っときますけどね、師叔のほうが子供なんですよ?嫌いなもの僕より子供っぽいじゃないですか」
「わし牛乳飲めるもん」
「コーヒーは飲めないですよね」
「子供はコーヒー飲めんけど大人は牛乳飲めるからわしは大人だ!」
「わけわかんないですよ師叔・・・;」

どう考えてもからかわれてるなぁと思っても、嬉しそうな太公望を見ると怒るに怒れない。
それにこういうのが2人暮らしのいいところだと思う。
知らなかったことを知って、それは全部生活の中に溶け込んでいく。
しかし、子供っぽい一面を知って大いに喜ぶ恋人に、そろそろ意地悪心が楊ぜんの中に生まれてきた。
太公望が優勢なのは残念ながらココまでだった。

「でもね、師叔」
「のわっ」

楊ぜんの顔が照れたものからいつもの妖しい表情に変わって、ヤバイ!と逃げようとした軽い身体を強い力でいとも簡単にソファの上に縫い止める。
流石というか、マグカップはいつのまにかローテーブルの上に乗せられていて。
上から楽しそうに覗き込んでくる変わり身の早い恋人を、太公望は呆れながら見つめていた。
しかしいつのまにか服の上を手のひらが意味ありげに動き回っていて、慌てて反撃にでる。

「なんだお主いきなり!やめぬか!」
「僕は牛乳嫌いなんですよ」
「はぁ?だからそれはさっき知って・・・」
「でもこっちのミルクは大好物なんですよねー」
「あっコラ、枕は動いてはならぬと・・・・ひゃぁ・・!」

前触れなく中心をぎゅっと握りこまれ、一瞬にして太公望のちからがあっさり抜ける。
楊ぜんの変態発言は聞き流せるものではなかったが。
ミルクを絞り出すようにきつく擦りあげられれば、悔しいけれどあとはもう楊ぜんの成すがままであった。








「のどかわいた」
「いっぱい喘いでましたからね、可愛かったですよ?」
「・・・ダアホ」

情事の後。もう怒る気力もないのか、太公望は力なさげに呟くだけ。
楊ぜんの膝枕で寝転んで、甘えるように擦り寄る姿が可愛らしい。
何か持ってきます、と立ち上がる楊ぜんに太公望は注文をつける。

「コーヒー牛乳がいいのう」
「あ、じゃあ僕もそれにします」

と、そのままその会話は終わりそうだったけれど。
大きな違和感。というか矛盾。
二人して眉を寄せて、わからないと首をかしげる。

「師叔ってコーヒー駄目でしたよね?」
「お主だって牛乳飲めないのではなかったのか?」

しばし沈黙が流れ、思いついたのはやっぱり。
それとこれとは全然別、ということだけだった。
二人して何かを悟ったかのように、まぁ・・・と前置きして。





そんなもんだよな。
そんなものですよね。




 

 

王子牛乳嫌いがばれるの巻。
師叔の嫌いなものはぶっちゃけほとんど私が嫌いなものです・・・。
お子様なんですよー私はー・・・アハハハ(汗)
ssのつもりが無駄に長くなってるし・・。