生まれてきたから君と逢えたね。
天使に殺されたのは誰?
「あ、そうだ」
「なんじゃ?」
今日は珍しく2人そろっての休みを貰い楊ぜんと太公望は久しぶりの恋人の時間を楽しんでいた。
休みがあるといつも来る中庭の大きな木の下。
太公望は楊ぜんの広い胸に頭を預け楊ぜんがそれを包むようなかたちで寄り添っている。
「師叔。今日が何の日かご存じですか」
「今日?」
「そうですよー」
フフッと微笑み目線の下で揺れる朱髪にくちづけてぎゅっと腕の中の細い身体を抱きしめる。
夏の暑さも和らいできたこの頃。頬を撫でる心地よい涼風のおかげでだいぶ過ごしやすくなっていた。
暑さのせいで触れさせてもくれなかった恋人を抱きしめ
2人でゆっくり出来ることが楊ぜんの機嫌を最高のものにしているらしい。
「で、今日がなんじゃ?何かあったかのう」
太公望はそのまま何も言わなくなってしまった楊ぜんに先を促す。
「んー」
聞いているのかいないのか、間延びした返事がかえってくるだけ。
「ちゃんと聞いとるのかおぬし・・・」
呆れたようにため息をついてみせるが特に怒る気にもなれない。
なにがそんなに嬉しいのかのう?
クスッと笑った声も楊ぜんを喜ばせるだけのようで、さらにきつく抱き寄せられた。
ちょっと苦しかったので抗議のために手近にある蒼髪の一房を軽くひっぱってみる。
けれどそんなささやかな抵抗は上から降りてきた唇に阻まれて。
今度は抵抗などせずすぐに離れていこうとする唇を自分から追いかけて掴まえる。
再び柔らかく包み込まれた感触に満足してそっと唇を離す。
凭れかかる小さな身体が一瞬震えたことに小さく微笑んで。
しかし。幸せに緩んでいた楊ぜんの顔は次の瞬間一気に崩れ落ちた。
「今日、僕の誕生日でしょう?」
「・・・・・・・・・・は?」
+++
「だーかーらー!すまんと言っておるだろう楊ぜん!」
「別に、僕は全然気にしてませんよ?」
「嘘をつけ嘘を!」
目が笑っておらんではないか。
この男は本気で怒るとかなり怖い。笑ってるのに笑ってないのだ。
そして、拗ねる。
太公望は何をいっても早足で歩き止まってくれない楊ぜんに必死について行く。
「のう、怒ってるのだろう?わしが・・・」
言いかけた言葉はいきなり立ち止まった楊ぜんの背中にぶつかって途切れる。
「いいんですよ別に。好きな人に誕生日をすっっっかり忘れられていたって」
「・・・・・;」
「・・・・・・」
「・・・・・;」
「あぁそう言えば・・・って思い出してくれるならまだしも、は?っだなんて・・。
ちょっっっっっとズキっときましたけど、でも別に気にしてませんよ」
そうは言うが声が怒っている。
具体的にいってくる時ほど怒っている。
ぶつかったまま楊ぜんの表情が見えないから余計怖い。
そんな事を考えながら不機嫌オーラが出ている背中で
だらだらと冷や汗をかいている太公望を楊ぜんはにっこりと振り返った。
「では師叔、僕これからちょっと用がありますんで」
「え?あっ・・」
伸ばしかけた手も虚しく、そのまま楊ぜんは行ってしまった。
「よーぜーん・・・(泣)」
+++
「どーしたのよ太公望。暗い顔してるわねー」
「カビはえそうさ師叔」
楊ぜんに置いていかれてしまった太公望は仕方なく先程の木の下、一人寂しくぼーっとしていた。
せっかく2人そろっての休みだったのに。こんな機会はもうないかもしれない。
きっと楊ぜんは誕生日のこの日に、2人でゆっくり過ごしたかったのだろう。
周公旦に無理を言ってまで2人同時の休みをもぎ取ったのは楊ぜん。
あんなに嬉しそうな楊ぜんを見たのは久しぶりだったのに・・・・。なのに自分は・・・・。
ため息が幾度も漏れ、気分は重くなるばかり。
そんな太公望を見かねて声をかけてきた2人にも気づかない。
ひざを抱えて小さくまるまっている。
「な、なによーあんたらしくないわね!なんかあった?」
「楊ぜんさんとでもケンカしたさー?なーんて・・・」
あまりに可哀相なその姿に2人は慌てて慰めの言葉をかけるが逆効果のようだった。
天化の言葉にぴくっと反応し太公望はさらに小さく縮こまってしまう。
バカッ!と天化を殴り蝉玉は太公望の隣に腰をおろした。
「あんた達も飽きないわね。どうせまた楊ぜんが女官たちに囲まれて仲良くしてたとかそんなんでしょ?」
「・・・・ちがう」
「じゃあなによ?」
「それは・・・」
うつむきながらぽそぽそと話されたその内容に
蝉玉のパンチによって地面に沈められていた天化もむくっと起きあがる。
2人同時にうんうんと頷き。
「そりゃ楊ぜんさんでも怒るさね」
「で、でも!あんなに怒ること・・・」
「じゃあ逆に師叔の誕生日、楊ぜんさんが忘れてたら?」
「うっ・・;・・・・・傷つく」
「そうねー。誕生日忘れられるのって傷つくわねー」
「しかも師叔にさ。楊ぜんさんかわいそうさー」
「私だったら、ハニーが私の誕生日忘れてたら絶対許さない!!」
「お主ら・・・・」
あまりの言われようにじとーっと2人をにらむが長くは続かなかった。
誕生日でしょう?と言った楊ぜんの嬉しそうな顔。
怒った顔なんて好きじゃないのに自分がそうさせてしまっている事実。
また一つため息がでる。
「そう・・・・全部わしがわるいのだ・・」
「師叔・・・・」
「あ!ねえねえ太公望!私にいい案があるんだけど」
言い過ぎたさ、という天化の謝罪の言葉は蝉玉に遮られる。
「いい案?・・・何のだ?」
「決まってるでしょ、仲直りのよ!」
「でも蝉玉の案じゃやめといたほうがー・・・」
「あんたは黙ってなさい!!」
バコッ。
再び地面に沈む天化。
「お・・おい」
「あんただって早くしたいでしょ!?仲直り!」
「う、うむ!」
勢いに流され思わず頷いてしまう。
けれど早く仲直りしたいというのは本当。
太公望の返事に満足したようにニコッと笑って。
「あのね・・・・・」
天化の言う通り少々不安ではあったがこの際仕方がない。
しかしそう思ったのも束の間。
何故かコソコソ耳打ちして話された内容に太公望は思いっきり赤面し悲鳴をあげた。
+++
太公望と別れた後、楊ぜんは当然の如く大勢の女官達に囲まれプレゼント攻撃をうけていた。
誕生日などチェック済み!この機会に少しでもお近づきになろうと頑張る女性は多い。
せっかくの好意とものすごい熱意により、楊ぜんの腕の中は贈り物の山。
よって部屋の扉が開けられない。
やっとのことで女官達を撒いたとのはもう夜も更けた頃。
己の愛しい恋人がどんなに悩んでいたかなんて知りもしない。
一旦腕の中の物を床に置き、鍵を差し込みまわす。
カチャリと音がして扉を引こうとしたが何故か開かなかった。
開いていたのだろうか。でも朝はちゃんと鍵をして部屋を出た。
もう一度鍵をまわし、ふっとケンカして(というか一方的に自分が怒っただけ)しまった恋人の姿を思い出す。
やっぱり誕生日くらいは覚えていて欲しかったというのが本音。
しかしちょっと大人げなかったかもしれない。
別れ際にみた恋人の泣きそうな顔に、後悔した。
甘いなあと思いつつ結局今回も自分から折れることにし
部屋に戻る前に謝ろうとしたけれど太公望の自室には明かりがなかった。
もう寝てしまったのだと思ったのだが。
この部屋の鍵を勝手に開けられるのは自分と、合い鍵を持っている恋人だけ。
もしやと思い荷物を持ち上げ自室に入る。
「師叔?いらっしゃるのですか」
返事はない。机にプレゼントの山を置き再度呼びかける。
と、寝台の方から微かに声が聞こえた。
「よ・・ぜん?」
暗闇に包まれていた部屋に明かりを付け、姿を探す。
寝台の上、シーツを頭から被り丸まっている恋人を見て楊ぜんは微笑んだ。
返事をしたはいいが昼間のこともあり雰囲気が気まずい。
「あの・・・師・・・」
「楊ぜんすまぬ!!」
先に切り出したのは太公望。シーツの端をぎゅっと握りしめ不安げに楊ぜんを見上げる。
「わしが悪かった・・誕生日忘れられたら傷つくよ・・な」
「師叔・・・」
「許してくれとは言わぬが・・・・ごめんなさい、楊ぜっ・・・」
楊ぜんは言い終わらせる前に零れそうな涙を隠すため下を向いていた太公望をぎゅうっと胸に抱き寄せた。
軽く唇を寄せてビックリしている彼を余所に再び両腕で包み込む。
「もういいんですよ。あれくらいで怒ったりして、僕も悪かったんです。すみませんでした師叔」
だから泣かないでください。
と人差し指で涙を拭う仕草に太公望はやっと安心したかのように楊ぜんにしがみついた。
「嫌われたっ・・・かと思・・・っ」
「まさか。僕のほうこそ心の狭い男だと思われたんじゃないかと心配でした」
「思っとらん・・そんなこと、悪いのはわしじゃ・・」
普段では考えられないほど素直な太公望。
それほど気に病ませてしまったかと思うとひどく心が痛んだ。
「いいえ、あなたにこんな涙を流させてしまった僕が一番悪い。
生まれた日なんて関係ない、今僕がここにいることを喜んでいてくださればそれでいいのに」
耳元で囁くように言えば、しばらくしてククッと笑う声が聞こえた。
「・・お主気障じゃ」
「涙、止まりましたね」
赤く染まった目元に唇をおとすと、太公望が微笑むのがわかった。
そんな可愛い恋人が愛しくて愛しくて、夢中で唇を求めながら寝台にそっと押し倒した。
珍しく抵抗しない太公望に微笑んで手を伸ばそうとした時ふっと気付く。
「あの・・何故先程からシーツなんか被ってらっしゃるんですか?」
部屋に入って最初に見た時のまま、太公望は今もシーツにくるまって離そうとしない。
その姿も非常に可愛らしいのだけど・・・
などと考えている楊ぜんを押し退けて太公望はいきなりバッと起きあがった。
「?どうなさったのですか師叔」
「そ、その・・・蝉玉がこうすれば・・・いいって・・」
突然関係ない人物の名前が出てきて楊ぜんは首をかしげる。
「楊ぜんが喜んでくれるって言うから・・・だから・・あっ・・」
顔をピンクに染めて辿々しく言葉を紡ぐ太公望はそれはもう可愛らしく。
シーツなんてどうでもいいかと、行為を再開しようと動いた時
太公望の視線が背中越しの一点で止まっているのを感じそちらを振り向いた。
「・・・あ」
机に積まれた山のような贈り物。
きっと彼の機嫌を損ねてしまったに違いない。
それらを受け取ってしまったことに後悔しつつ、どうしようかと思考を巡らしていると
「楊ぜん!!」
大きな声で呼ばれて振り返る。
「師・・っ・・・」
信じられない光景がそこにはあり、楊ぜんは思わず言葉を失った。
ほんの数秒前まで身体に纏わりついていたシーツは膝の上まで落ち。
夜着だとばかり思っていた布の下はうっすら桃色に染まった素肌。
恥ずかしい所を隠すように巻きついているのはピンクのリボンで、頭には大きなリボンの華。
「誕生日おめでとう楊ぜん・・。プレゼントなんじゃが・・・その」
鼻血がでそうだ。
ってゆうかもう無理だ。
混乱した心中を晒さずただそこに佇んだように見せかけるところが天才らしい。
が、次の言葉に撃沈。
「わしじゃダメかのう・・?」
理性を失った楊ぜんは恥ずかしそうに自分の身体を抱きしめている太公望を勢い余って再び寝台に押し倒す。
「よ、楊ぜん・・!?」
「蝉玉君も、たまにはいいことしてくれますよね」
「ぬおっ!・・・どこ触って・・!」
「ねえ、師叔。僕欲しいものがあるんですけど」
必死に肌を滑る楊ぜんの手を止めようとしていた太公望の表情が目に見えて曇る。
やはり自分じゃダメなのかと不安げに見上げる瞳に優しくキスをおとして安心させるように囁いた。
「あなたです」
シュッと音をたててほどいた頭のリボンが寝台を滑り落ちて行く。
「僕にすべてください。・・・あなただけが欲しい」
額に口づけニコッと微笑むとぐいっと髪をひっぱられた。
「だからっ・・!やると言ったであろう!」
「ごめんなさい。自分で言ってみたかったんです」
「まったく・・・」
呆れたように力を抜く太公望にゆっくり覆い被さりながら浮き出た鎖骨に唇を寄せる。
ん・・っとくぐもった声が始まりの合図。
「気障なやつ」
「なんとでも」
それ以上の会話はなく、小さく呟いた言葉は闇に溶けた。
「・・・誕生日おめでとう」
この世に生まれて。
君に出会えたのが、奇跡。
....end
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