□黄昏のサマー・ホリデイ□ 
                 
                 
                 
                夏も真っ只中。 
                蝉は休む事を知らず、雨は降る事を忘れてしまったようだ。 
                毎日毎日ジリジリと照りつける太陽に、人間は愚か、動物も植物も参ってしまう有様。 
                 
                 
                太公望といえば、ガンガンに冷房を効かしたリビングで、 
                烏龍茶を飲みながらテレビを見ている。 
                 
                まさに、科学に感謝。であるのだ。 
                 
                 
                 
                外では蝉がひっきりなしに鳴いていた。 
                 
                 
                 
                 
                「のう楊ゼン!」 
                 
                今まで黙ってテレビを見ていた太公望が、急に声を上げる。 
                 
                 
                「海行きたい」 
                 
                隣で座っていた楊ゼンの顔を睨みつけるように見つめた。 
                 
                 
                 
                「は?海ですか?」 
                 
                あまりにも唐突すぎる太公望の言葉に、楊ゼンは聞き返してしまう。 
                今まで何も云ってこなかったのに・・・。 
                と内心思いながら、先ほどまで太公望が見ていたテレビに視線をやる。 
                 
                 
                テレビでは、どうやら海の特集だったらしく、 
                楽しそうに海で遊んでいる家族や恋人達が映し出されていた。 
                 
                 
                 
                「暑いですよ?外」 
                 
                「海に入ってしまえば涼しいであろう!」 
                 
                さり気なく諦めさせようとしても今回は無駄らしい。 
                太公望の顔にははっきりと海に行きたい!と描いてあり、 
                既に海に行く気満々なのだ。 
                 
                 
                「だって、混んでますよ?」 
                 
                あんな人だかり行くの嫌です。 
                と楊ゼンは海に行くのに反対してみる。 
                 
                 
                 
                「おぬしが冬連れてってくれたあの海がよい。 
                 おぬし云っていたであろう?夏でもあまり人はこないって」 
                 
                「云いましたけど・・・・・・・・」 
                 
                「そうと決まれば行くのだ!!ホレ楊ゼン。支度をせい!」 
                 
                 
                ガバリと太公望は起き上がるなり云う。 
                どうやら今から行く気らしいのだ。 
                 
                 
                「いやちょっと師叔、まだ行くなんて云ってませんよ」 
                 
                そんな太公望を慌てて楊ゼンはひきとめた。 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                「・・・・・・・・」 
                 
                太公望の腕を掴み、顔を覗き込んでみると、 
                今にも泣き出しそうな、母親を見失った迷子の子供みたいな、そんな表情をしているのだ。 
                演技ではなく、本気で悲しんでいるのであろう。 
                 
                 
                 
                 
                「・・・わかりました。わかりましたから、泣かないで下さいね?」 
                 
                ハア。と溜息をつき、優しく太公望の頭を撫でてやる。 
                 
                 
                (あんな表情されたら、行くしかないじゃないか) 
                 
                つくづく太公望に弱いなあ。と楊ゼンは苦笑した。 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                普段からしっかりと整理整頓されているだけあって、 
                必要なものは10分と経たずに用意が出来た。 
                 
                太公望といえば、すっかり水着に着替え、上にTシャツを着ている。 
                こうしてしまえば、普通のズボンと何ら変わりないのだ。 
                楊ゼンも、同じように上にシャツを着込んでいて。 
                 
                 
                「ちょっ師叔!ここで膨らまさないで!!」 
                 
                ちょっと目を離した隙に、太公望はデカイ浮輪を膨らまし始めていて、 
                焦る楊ゼン。 
                結構でかいものだから、此処で膨らまされては、車に入らない。 
                 
                 
                そんな楊ゼンの静止の声を聞かずに、浮輪は完成してしまった。 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                そんなこんなで家を出たのは、行くと決めてから30分も経っていなかった。 
                冬に二人で行ったあの海えは、此処から車で3時間くらいだ。 
                まだ朝だったため、御昼過ぎにはつくであろう。 
                 
                 
                 
                 
                「楊ゼン」 
                 
                車を出すとき、ふいに太公望が声をかける。 
                 
                 
                 
                「有難うな」 
                 
                無邪気な笑顔で礼を言われ、楊ゼンは複雑そうな表情を浮かべて、微笑み返した。 
                 
                 
                 
                 
                 
                会話はそれっきりで、太公望といえば助手席から車の外を覗いて、 
                まだ見えもしない海に期待を膨らましているのである。 
                 
                 
                お昼食べるものは、適当に通りかかったコンビニで買うことにしよう。 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                結局其の海に着いたのは、予定通りお昼を過ぎたあたりで、 
                昼食は、適当に車の中で済ませてしまった。 
                 
                 
                楊ゼンが、海岸近くの駐車場に車を止めるや否や、 
                太公望は勢いよく、うきわ片手に車から飛び出る。 
                 
                 
                 
                「あ、ちょっと師叔」 
                 
                 
                止める楊ゼンの声も聞かずに、 
                やはりあまり人気の無い浜辺へと走っていってしまう。 
                 
                 
                 
                「全く・・・」 
                 
                口では文句を言っても、その無邪気さにはどうしても微笑んでしまうのも事実。 
                楊ゼンは荷物を持つと、カギをかけ、太公望の後をゆっくりと追うことにした。 
                 
                 
                 
                都心からかけ離れたこの海。 
                景色も充分緑に溢れていて、 
                相変らず蝉は煩く泣いていた。 
                 
                 
                 
                 
                 
                浜辺に着いてみれば、太公望は既に海の中。 
                砂浜に、シャツとサンダルが乱暴に脱ぎ去られている。 
                 
                楊ゼンは其れを回収すると、チリチリと暑い砂浜へと腰掛け、 
                海にぷかぷかと浮いている太公望を眺めるのだった。 
                 
                日差しが暑い。 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                「ようぜーん」 
                 
                暫くボーとしていると、不意に名前を呼ばれ、我に返る。 
                見れば太公望が海の中から手を振っていた。 
                楊ゼンは、波打ち際から余り離れていないところへ腰掛けているのだ。 
                 
                 
                手招きする太公望に、楊ゼンは微笑んでみせる。 
                 
                 
                 
                「入らないのか?」 
                 
                不思議そうな表情で、太公望は大きな浮輪を半ば引きずりながら楊ゼンの元へとやってくる。 
                頭から海に飛び込んだのか、髪の毛からはポタポタと雫が垂れ、 
                足元の砂はあっという間に湿ってしまう。 
                 
                 
                 
                「僕は良いですから、師叔楽しんできてください」 
                 
                適当に肩からシャツを羽織っている楊ゼンは、見下ろしてくる太公望に笑顔を向ける。 
                 
                 
                「どうかしたのか?」 
                 
                そんな楊ゼンの様子に、心配そうな表情で太公望は楊ゼンの顔を覗き込んだ。 
                ポタリと楊ゼンの体に水滴が垂れる。 
                熱を帯びた体にとって、非常に冷たく、心地よかった。 
                 
                 
                 
                「なんでもないですよ」 
                 
                水滴くらい、直ぐに蒸発してしまって、さっきまで海に入っていた太公望も、 
                肩のあたりが乾いてきてしまっている。 
                 
                 
                 
                 
                「じゃあ、海入ろう?気持ちよいぞー」 
                 
                ぐいぐいと、楊ゼンの腕を引っ張ってみるが、 
                楊ゼンは一向に動こうとしない。 
                 
                 
                 
                 
                本当に、どうかしたのだろうか。 
                いよいよ心配になってきた太公望は、もう一度楊ゼンの顔を覗き込む。 
                 
                 
                誰かを心配している表情は、誰でも切ないようなそんな表情になるものだ。 
                太公望も例外ではなく、じいっと、切ないような表情で、楊ゼンを見つめる。 
                 
                 
                 
                 
                「もしかして、海嫌いだったのか?わし無理矢理こさせてしまって・・」 
                 
                 
                 
                楊ゼンがフウ。と溜息をつく。 
                 
                 
                「実は僕、泳げないのです」 
                 
                楊ゼンは、頬を少し赤らめて視線を外しながらぶっきらぼうに言う。 
                 
                 
                「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 
                 
                 
                沈黙が流れ、 
                波の音が嫌に耳に響いた。 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                「お、おぬしがー!?」 
                 
                暫くすると太公望は眼を丸くして笑い出した。 
                相当面白かったのだろう。 
                それも其のはず。スポーツ万能で、頭も天才的に良い。然も仙人界の教主であり、 
                自意識過剰、常に自信満々の男が、泳げないから海に入りたくないと云うのだ。 
                人よりも楊ゼンの事を知っている太公望は、それが笑わなくしていられない。 
                 
                大笑いする太公望に、楊ゼンは茹蛸のように顔が赤くなってしまった。 
                それに、浜辺に居る人間も、あまりの笑いップリに、思わず太公望を凝視してしまうほど。 
                 
                 
                 
                「いやー、人間(じゃないけど)誰にでも欠点はあるのだのうー!!」 
                 
                ケタケタと腹筋が攣ってしまうんじゃないかと云うくらい太公望は笑いつづけた。 
                楊ゼンはと言えば、こんなに笑われるなんて思っても居なくて、 
                いよいよ膨れっ面になり、ジト眼で太公望を睨んでいる。 
                 
                 
                その視線に気づいた太公望は、ピタリと笑うのをやめ、 
                すねてしまった楊ゼンの頭をなでなでと撫でてやる。 
                 
                 
                「いやー、スマンスマン。おぬし意外と可愛いところがあるのだのう」 
                 
                太公望は苦笑して、自分の持っていた大きな浮輪を楊ゼンの頭からかぶせてやる。 
                反動で、パサリとシャツが砂浜に落ちた。 
                 
                 
                 
                「笑いすぎです」 
                 
                「だから悪かったって。ホレ」 
                 
                あまり反省してないような、適当に非を認めると、 
                太公望は再び楊ゼンの腕を引っ張る。 
                 
                 
                 
                「海ゆくぞ」 
                 
                「え、でも―」 
                 
                 
                うろたえる楊ゼンを尻目に、太公望は容赦なく楊ゼンを波打ち際までつれてくる。 
                 
                 
                 
                「折角来たのだ。一緒に入らないと意味が無いであろう!」 
                 
                云うなりプイっとそっぽを向いて、海に入っていってしまった太公望だが、 
                顔は耳まで真っ赤に染まっていた。 
                 
                楊ゼンは、其の姿を見て微笑むと、太公望の後についてゆく。 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                「冷たいですねー」 
                 
                今まで日光をいやと言うほど浴びて、ほてってしまった体には、 
                海の水は冷たすぎる。 
                 
                 
                「あんなところにじっと座っていれば体も熱をもつわ。直に慣れるであろう」 
                 
                ぷかぷかと浮輪で浮いている楊ゼンの隣で、太公望もまたぷかりと浮いていた。 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                気づけば太陽は西に傾いていて、 
                浜辺も本当に人気がなくなってしまう1歩手前。 
                 
                 
                二人はふやけそうになった重い体を―かろうじてふやけなかった―砂浜へあげる。 
                朝より随分と日焼けてしまったお互いの顔を見て、静かに微笑むのだった。 
                 
                 
                近くにある有料シャワーを借りて、すっかり着替え終わったときには、 
                空は橙色にすっかり染まっていた。 
                浜辺にはさすがにもう人は居ない。 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                「のうのう楊ゼン。折角きたのだし」 
                 
                近くの店が並ぶ通りを歩きながら太公望がひょこっと楊ゼンの顔を覗き込む。 
                 
                 
                「花火でもしますか?」 
                 
                太公望の言葉を先取りして、楊ゼンがニコリと微笑んだ。 
                海に近いと言うだけ合って、それなりに、花火やらカキ氷やらが売っている。 
                晩御飯代わりに、軽く食べ物も食べ、二人は再び海辺に戻る。 
                 
                 
                楊ゼンは、ビニル袋に入った花火を持って、 
                太公望といえば、カキ氷を頬張りながら。 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                「すっかり暗くなってしまったのう」 
                 
                太陽は傾いてさえしまえば、落ちるのは早く、 
                あっという間に当たりは闇に変わって行く。 
                遠くの方で、町明かりや、外灯が見えるほか、砂浜にはなんの明かりも無い。 
                それでも、大きな月が出て、困るほどではなかった。 
                 
                 
                「ええ。花火がきっと綺麗ですよ」 
                 
                一様安全の為、バケツに海の水を入れ、砂浜に買ってきた沢山の花火を並べる。 
                 
                本当に浜辺は静かで、聴こえるものと言えば、海の音くらい。 
                遠くの方で、チカチカと明かりが見えるのは、やはり自分達と同じに花火をしているのだろう。 
                でも、大分離れてしまっているので、やはり浜辺は静かなのだ。 
                 
                 
                 
                 
                子供の頃なんて、遠すぎて忘れてしまったけど、 
                まるで子供の頃に帰ったように、無邪気に笑う。 
                 
                 
                太公望が振り回す花火は、次々と色が変わって、幻想的だと、そう思う。 
                 
                 
                 
                「わし、面白い事しっておるぞ?」 
                 
                子供が、秘密基地や宝物でも教えるような、そんな顔で、 
                太公望がニンマリと笑う。 
                 
                手持ち花火を次々と砂浜にまとめて立てていく様を、 
                楊ゼンは只只首をかしげて見ているのだった。 
                 
                 
                しっかりと手持ち花火を砂浜に立てた事を確認すると、 
                太公望は、1本残しておいた花火に火をつける。 
                 
                 
                シュワシュワと、太公望の手から光が飛び出る。 
                 
                 
                 
                太公望はもう一度楊ゼンを見ると、微笑んだ。 
                 
                 
                 
                「よいか?ちゃんと離れるのだぞ?」 
                 
                云うなり太公望は、砂浜に立てたあの手持ち花火にその花火を近づける。 
                当然、火が立てた花火に移り、シュワシュワと火花を飛ばし、また隣の花火え移す結果となる。 
                 
                 
                つけた直後、太公望は勢いよく、其処から離れて、 
                花火の飛び散る様を、二人して笑いながら眺めるのだ。 
                 
                 
                 
                 
                「綺麗じゃろう?」 
                 
                得意満面で太公望が云う。 
                 
                 
                 
                「ええ、危ないですけど、綺麗ですよ」 
                 
                 
                 
                花火の飛び散る様を、暫く眺めていたのだ。 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                終わった花火はきちんとバケツへ。 
                浜辺を汚さないように、後片付けも終わった頃。 
                一休みと言わんばかりに、ちょこんと海に向かって座っていた。 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                「真っ暗な海って、少し恐いですね」 
                 
                 
                波打ち際がかろうじてわかるくらいで、 
                何処から空なのか、何処まで海なのか、余りにも深い藍色で、解らない。 
                星が、途切れたあたりが、きっと海なのだろうと楊ゼンは思った。 
                 
                 
                 
                「恐い、けど。心地よいものだのう」 
                 
                波は昼間と変わらず音を立てていて、 
                静かに静かに辺りに響き渡る。 
                 
                 
                 
                 
                「全く今も昔もこれからも、此れだけは変わらない」 
                 
                渇いた喉を潤すように、缶ジュースを一口飲んで、 
                コテリと楊ゼンにもたれかかる。 
                 
                 
                 
                 
                「だって貴方が守った世界の続きですから」 
                 
                呟くように楊ゼンは答えた。 
                波の音に、太公望の静かな寝息が混ざる。 
                 
                 
                 
                朝から遊んでいたものだから、疲れが出たのだろう。 
                 
                 
                楊ゼンは、仕方ないなあ。とでも云いた気に、微笑むと、 
                よいしょっと太公望を背中に担ぐ。 
                片手には、バケツを持って。 
                 
                 
                無意識であろう。太公望は落ちないようにとぎゅうっと楊ゼンの首にしがみ付いた。 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                ざくざくと砂浜を歩く音も心地よく、 
                疲れきった体には、少々、軽い太公望でさえも重く感じた。 
                 
                 
                でもきっと、この重ささえも楊ゼンは喜んで受け入れるのだろう。 
                この重みこそが、大切なのだから。 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                車に乗って家に帰った頃には、 
                すっかり楊ゼンも疲れがピークに達していて、 
                荷物なんかはリビングに置きっぱなしで、 
                二人してベッドに倒れこんでいった。 
                 
                ギシリと痛そうにベッドが軋んだにもかかわらず、 
                きっともう、10時間は目覚めないだろう。 
                 
                 
                 
                 
                二人揃って寝息を立てて。 
                 
                海の音のする夢でも見るのだろうか 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                終。 
                 
                 
                 
                 
                無意味に長い文に御眼を御通しいただき有難う御座います。 
                果たして此れが暑中御見舞いになるのか非常に謎なところですが、 
                少しでも楽しんでいただけたのなら幸いに思います 
                 
                タイトルはサザンオールスターズから(汗) 
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