『・・・・ごしゅじんさま?』
ちび猫すーすとご主人様。
みゃぁ・・・ぅみゃぁ・・・
「・・・・猫?」
それはいつも通り大学から帰っている時のこと。
あともう少しで自分のマンションが見える、という公園のすぐ近くの道で楊ぜんは足をとめる。
声がしたことを確かめるように耳をすませきょろきょろと辺りを伺ってみる。
しかし、声はするのに肝心の姿がなかった。
「どこから聞こえてくるんだろう・・?」
何とはなしに探してみる。
いつもなら猫くらいほっておくのに、聞こえてきた鳴き声が酷く苦しげで。
かすかに聞こえる声を辿って、楊ぜんがその猫を見つけたのは公園のすべり台の近くだった。
夕暮れ時の公園にはもう子供達の姿もなく、静かな空気に商店街からの喧噪が遠く重なるだけ。
そこに時折混じるか細い鳴き声のほうへ楊ぜんは向かった。
(捨て猫だろうな・・・どうしよう。うちには哮天犬もいるし・・・)
そんなことをぼんやりと考えながら、小さなダンボールの中を覗き込む。
『みゃぁ・・・』
そこにいたのは小さな小さな、黒い子猫。
毛玉のようにまるまり震えて。
夕日に長く伸びた楊ぜんの影に隠れるように、怯えていた。
「・・・・キレイな瞳だね」
よくみればその猫の瞳は珍しく翠色。
吸い込まれるようなその色に、一瞬とはいえ意識を奪われる。
ふるふると震える小さな身体を撫でてやろうと、楊ぜんはそっと手をのばした。
しかし子猫は近づいてくる手にびくっと身体を竦ませ。
触れようとした楊ぜんの人差し指に思いっきり噛みつく。
「・・・っ」
子猫といえど、なんの遠慮もなく噛まれれば結構痛い。
けれど楊ぜんは振り払おうとはしなかった。
怯えている子猫の翠の瞳を見つめ、優しく微笑み続けた。
やがて子猫は噛むのを止めて楊ぜんの指をぺろぺろ舐めだした。
傷をいたわるようにされるその行為が酷く愛しくなって。
「可愛いね・・・・よかったら僕のところにくる?」
そっとふわふわの子猫の身体を抱き上げ、自分の目線へ持ち上げて問いかける。
わかっているのかいないのか。
子猫はただみゃぁっと鳴いただけだった。
楊ぜんに抱かれた小さな身体は腕の中でまるまり。
翠の瞳には、夕暮れに染まった綺麗な空色を映していた。
☆☆
「ばうわうっ♪」
「ただいま哮天犬」
玄関のドアを開けると、待ち構えていたかのように楊ぜん自慢の愛犬が出迎えてくれる。
頭を撫でてやり、連れたって部屋のなかへ進む。
時折腕の中の暖かさがびくびくと動いたのは、きっと犬が怖いからだろう。
これから先が大変だなぁ・・・と笑って、楊ぜんはキッチンへとむかった。
「やっぱり子猫だからミルクかな」
冷蔵庫をあけ、確かまだ残りがあった牛乳を探す。
その間子猫は床におろされて、哮天犬の好奇心旺盛な瞳に見つめられていた。
ぺろっと舐められればビックリして、みゃ!と鳴くと楊ぜんの脚の影に隠れてしまう。
そんな光景に楊ぜんは微笑み、可哀相だが子猫を怖がらせないよう哮天犬にはリビングのほうへ移動してもらった。
ナベにミルクを入れ、少し温める。
コンロの火にいつ子猫が近づいてしまうか分からないので、しっかりと見ておこうと楊ぜんはその姿を確認する。
子猫はといえば、少し開いた冷蔵庫の中へ飛び乗り、近くにあった桃に飛び付いたところだった。
「あ、こら・・・もぅ」
桃は床に転がり、子猫もそれを追いかけて床に転がる。
冷蔵庫になんて入ってしまっては大変。
楊ぜんはしっかりとその扉をしめ、子猫を怒ろうとするが。
桃を珍しそうにつついたり抱き付いてじゃれたりしている姿に、思わず微笑んでしまう。
しばらくその姿を見ていたが、ナベのことを思い出し慌ててコンロの火を止めに行く。
適当な皿にミルクをうつしながら、楊ぜんはぼんやり考えた。
(・・・あれ?あんな桃うちにあったけ・・?)
しばらく考えたが思い当たらず、まあいいかと思って皿を持ち上げたとき。
ぽわっ。
何か妙な音がして、後ろを振り返る。
すると白い煙がもわもわとキッチンを覆っていた。
「うわっな、何?」
とりあえず窓をあけて、煙を逃がす。
鳴き声も聞こえない子猫のことが心配だが、姿もみえないので助けようがない。
やっと視界が効くようになり、楊ぜんは黒い子猫を探した。
先程まで桃と戯れていた位置には、その桃しかなく子猫はいない。
「・・・・・・・・・・・え?」
かわりにいたのは。
「ごしゅじんさま?」
手のひらサイズの猫人間。
ちょこんと座り、楊ぜんのほうを不思議そうに見上げていた。
混乱した頭は只々、子猫、桃、煙、猫人間・・・・それを繰り返すだけであった。
続いたり。
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