『桃も!楊ぜん桃もねっ!』
ちび猫すーすとご主人様。
次の日、望はとてもあったかくて気持ちのいい場所で目を覚ました。「ん…にゃぁ……?」
「おはよう、望。よく眠れた?」
「!!」
まだ眠い目をしぱしぱさせている望のいたところは、広くて暖かい胸の上。
突然かけられた声にびっくりして見上げてみると、綺麗な顔で微笑む楊ぜんがいた。
結局昨日は、望を胸に抱いたままソファで眠りについたらしい。
望は昨日の嬉しい出来事を思い出し、楊ぜん以上に微笑んでみせた。
「おはようございますなの」
「フフッ…おはよう。朝ご飯たべようか」
「うん!」
元気よくお返事する望を撫でてやり、楊ぜんはキッチンへと向かう。
冷蔵庫を開けミルクを取り出そうとして、そういえば昨日全部望が飲んでしまったことに気付いた。
冷蔵庫を開けたまま、どうしようかと考えていたが。
胸に抱かれたままの望には開けっ放しの冷蔵庫の中がよく見えたみたいで。
中身はそんなに入っていないが、望の瞳にいいものが映った。
「ももー!!」
「うわっ望!?」
いきなり楊ぜんの腕の中から飛び出し冷蔵庫めがけて飛び移る。
それに驚いた楊ぜんが止める間もなく、望は綺麗に冷蔵庫の中に着地した。
さすが猫だけあって運動神経は抜群らしい。
けれど今は半猫の状態で、しかも小さくても人間である割合のほうが多い。
そのまま床の上にでも落ちてしまったらどうするのか、と楊ぜんは望を叱る。
「望!!」
ビクッ!!
今まで優しい声しか聞いたこと無かった望は、楊ぜんに叱られ身体を竦めた。
恐る恐る振り向き、猫ミミをぺたっと臥せて怒っている楊ぜんを見上げる。
「…ごめんなさいなの……」
「もうこんなことしちゃ駄目だよ?」
こくこくっと必死に頷く。
楊ぜんの声はとても心配げで、自分のことを思ってくれているとわかったから。
それに怒った顔より笑った顔のほうが好きだから。
望は、コレは危ないことだからもうやっちゃダメっと頭の中にインプットした。
望のそんな姿に楊ぜんは微笑み、泣きそうな顔をそっと撫でて抱き上げようとした。
が、望はやーっ!と嫌がり楊ぜんの手から逃げる。
このまま望を冷蔵庫の中に入れておくのは危険だ。
楊ぜんはどうして望が嫌がっているのか分からなかったが、とりあえず中から出そうと手をのばした。
「やー!ももー!!」
「…桃?」
見ると、望は必死に桃に抱き付いていた。
その桃はやっぱりあの太乙が持ってきたもので、結構たくさん持ってきたものだからまだ残っていたらしい。
望は昨日桃を食べて、その味が気に入ってしまったようだ。
「桃が食べたいの?」
「うんっ。昨日食べたらねおいしかったから、だから…」
「もう…飛び付いたりしなくてもちゃんと言えばあげるのに」
楊ぜんは苦笑して、桃ごと望を抱き上げる。
床の上におろすと望が食べてもいい?とでも言いたげに見上げてきた。
それがあんまり可愛いものだから思わず頷きそうになったが、ハッと思い出す。
その桃は、望をこんな姿にした張本人が持ってきた桃。
多分普通の桃を囮にして昨日のあの桃を持ってきただろうから、怪しい桃ではなく普通の桃だろう。
だけどそんな保証はどこにもない。
「望、やっぱりその桃たべちゃダメ」
「えーー!」
不満げに望が見上げてきたが、これ以上怪しいものを食べて望の身体が変になってしまっては大変だ。
嫌がる望を宥め、桃を冷蔵庫の中に戻す。
床に視線を落とすと、楊ぜんに意地悪されたと勘違いした望が翡翠の瞳に涙をためていた。
「やっぱり…楊ぜんも望のこと嫌いなの?だから意地悪するの?」
「なっ!違うよ望、あの桃は望をこんなふうにした人が持ってきたものだから…そんな怪しいもの望には食べさせられないよ。だから泣かないで…」
みゃあみゃあと泣く望を抱き上げ胸に寄せる。
何度も違うよ、と囁かれ頭を優しく撫でられて、望はおずおずと楊ぜんを見上げた。
「望のこと嫌いじゃないの?」
「嫌いなわけないよ、ありえない」
「……じゃあ桃食べたい」
「っ〜〜望;;」
かなり桃を気に入ってしまったらしい。
どうしても食べたいと訴えてくる望に、どうしたものかと考えて。
桃ではないが、そういえばいいものがあったことを思い出した。
また冷蔵庫に飛び付かないよう望はテーブルの上にのせ、中からすももを取りだした。
「あ、ももなのーv」
「ちょっと酸っぱいかもしれないけど、これで我慢して?」
「うんっ」
すももは丁度望が抱えられるくらいの大きさで、食べるのにも丁度いいだろう。
楊ぜんからすももを貰った望は大事そうに両手で抱える。
その姿といったらこれ以上ないというほどの可愛さで。
抱えられるといっても、望の小さい身体にはちょっと大きめのすもも。
そのアンバランスさがとても可愛い。
楊ぜんは自分の顔が自然に緩んでくるのを自覚した。
望がいなかった頃は、こんなふうに微笑むことなんて滅多になかったのに。
「おいしいのーvv有り難う楊ぜんv」
ぽふっ。
またしても望は楊ぜんに飛び付く。
さっき、もうやらないと頭にインプットしたことは綺麗さっぱりなくなっているらしい。
自分の胸のあたりにしがみついている身体を楊ぜんは慌てて支えてやる。
「望…もうやらないって約束しなかった?」
「冷蔵庫じゃないからいいのっ。楊ぜんは望を落とさないから平気なの」
なんの疑いもなく自分を信用してくれている。
あれだけ人が嫌いで震えるほどだったのに、自分にだけ心を開いてくれたことが嬉しい。
胸にしがみついて見上げてくる望に笑顔が隠せなくて。
クスクスと笑う楊ぜんに望が?と瞳で問いかけてくるが、なんでもないよと誤魔化して望を頭の上に乗せる。
いきなり変わった視界に望はびっくりするが、以外に居心地がよく寝そべってみる。
楊ぜんの蒼い髪は綺麗で、なんだか空の中にいるようだった。
「ねえ望、朝ご飯食べ終わったら買い物いこうか」
「え…?でも望こんなだし…」
「ポケットの中に隠れてれば大丈夫だよ。それとも留守番してる?」
「や、やだ!!」
慌てて飛び起き、あやうく落ちてしまうところだったがなんとか踏みとどまる。
楊ぜんと離れるのが嫌だったし、怖い犬と二人にされるのがいやだった。
やだーと言う望に嘘だよと宥め、もうひとつすももを渡してやる。
望の機嫌はそれだけで直るほど単純なのだ。
「牛乳なくなってたから買わなきゃね。望飲むでしょう?」
「桃も!楊ぜん桃もねっ!」
「…はいはい」
すももをぱくぱくかじりながらおねだりしてくる望に、呆れながらも微笑みがもれる。
近くのコンビニだった行き先は、当然一駅先のスーパーに変わったのだった。
朝の散歩には丁度いいのかもしれないけど。
続いたり。
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