『桃は逃げないけど、僕は逃げちゃうかもしれないよ?』
ちび猫すーすとご主人様。
望が楊ぜんと一緒に暮らすようになって1週間がたった。
相変わらず望は楊ぜんにべったりで、楊ぜんのほうもまた望に甘い甘い。
いまだに哮天犬になれないらしく、楊ぜんが大学から帰ってくるたび泣いて飛び付いてきた。
もういきなり冷蔵庫に飛び乗るなんてことはしなくなったが、楊ぜんは別のよう。
嬉しいことがあるたび胸に飛び付いて、楊ぜんも危ないと言いつつ、その顔はいつも微笑んでいた。そして。
望は前より桃が大好きになっていた。
初めて食べたときからお気に入りで、よく楊ぜんにおねだりして買ってきて貰っていたのだ。
楊ぜんも大きな桃に抱き付くように食べる望の姿が可愛くて好きで。
だけど、何て言うか。好きすぎるというか。
桃を食べていないときはいつでも小さなすももを持ち歩いている。
最初は楊ぜんもその姿が可愛くて何も言わなかったが。
小さいといっても、望にとって一抱えくらいあるすもも。
それのせいでよくバランスをくずしたり、転んだりしていて危なっかしい。
すももを抱える望の姿は大変可愛らしいのだけど……。
怪我なんかしたりしないか楊ぜんは心配でしょうがなかった。
今日も望はお気に入りのすももを抱えている。
今日は大学が休みで、二人でのんびりソファで過ごしていた。
ソファに仰向けで雑誌を読んでいる楊ぜん。
望はその上をちょろちょろと動いて、たまにちょっと悪戯してみたりしていた。
首のあたりをこちょこちょっとくすぐられ、楊ぜんはいたずらっ子な望をちょんとつつく。
「っにゅ」
「もぅ…くすぐったいよ望」
「だって楊ぜんお話してくれないから、望つまんないのっ」
ぷぅっと可愛らしく頬ふくらませて、望が訴える。
読んでいた雑誌を床に置き、楊ぜんは望を抱えて起きあがって。
まだ頬をふくらませている望に、微笑みながら頭を撫でてやる。
こうされるのが望は好きみたいで。
すぐにいつもの笑顔に戻るのだ。
「じゃあ…せっかくの休みだし、どこかいく?」
「うん!望あそこ行きたいっ、こうえん!」
「はいはい。それじゃあ公園行こうか」
「うん!!」
公園というのはあの望が捨てられていた公園のことで。
一度連れていった時は、あの時の寂しさを思い出したみたいでみゃぁと泣きだしてしまった。
けれど、そこには望の仲間----猫がたくさんいて、姿は違うが望はすぐに仲良くなった。
それからあの公園は望のお気に入りに。
人気もすくなく、隠れなくても自由に外に出ることができた。
友達ができて嬉しそうな望を見るのが、楊ぜんは好きだった。
でもその間自分は猫の世界には入れないし。
なんだか望をとられたみたいで。
でも楽しそうにしている望の邪魔などできるはずもなく、いつもベンチに座ってその姿を眺めていた。
「早くいこっ楊ぜん」
楊ぜんの気持ちを全然わかってない望は、早く行きたくて急かす。
今にもソファから飛び降りそうな望に苦笑して、手のひらに乗せてやり、床に降ろしてやった。
小さな望にはソファから床の距離でも飛び降りれば怪我をするかもしれない。
ましてすももを抱えた状態ならなおさら。
「望、すももは置いていこうね」
「どうして…?」
「それ持ってると望はよく転ぶから、外で転んだりしたら怪我するだろう?」
「望ころばないもんっ」
ぎゅっとすももを抱え、離さない!と抵抗する。
無理やりに取り上げることもできるが、望が泣くから。
楊ぜんはうーんと考えて、問いかける。
「桃なんて僕に言えばあげるのに、どうしていつも持ち歩いてるの?」
「だって持ってればいつでも桃が食べれるのっ」
「だから僕に言えば……」
「だって…楊ぜんいない時あるの…」
確かに大学に行っているあいだは、望に桃をあげられない。
寂しそうに俯いてしまった望に切なくなるが、それ以上に可愛くて。
ちょっと意地悪してみたくなる。
「言ってくれれば桃出してくのに。いつも持ってなくても桃は逃げないよ?」
「やっ。望のすももー」
ちょいちょいと望のすももを指で引き寄せ、離させようとする。
望は必死になってすももにしがみつき取られないように頑張っている。
可愛いなぁと思いながら意地悪していた楊ぜんだったが、さすがに望が泣き出しそうになったとき慌てて手を引いた。
涙目で楊ぜんを睨むが、ちいさな望では迫力が全然ない。
可愛くて可愛くて、楊ぜんはもうちょっと意地悪してみたくなる。
もう一度すももを引き寄せようとしたが、望がそれを察して後ろに逃げて。
「楊ぜん、望をいじめるの?もう嫌いになっちゃったの?」
すももを抱き締めながら。
涙目で、ちょっと小首をかしげて望が不安そうに聞いてくる。
同じポーズのはずなのに、その姿はどこぞのシマリス君よりも更に可愛らしかった。
「ごめん望、意地悪して…でもこのすもも離さない望がいけないんだよ?」
「だって…望ももすきなの…」
ふみゃっと泣いて楊ぜんにしがみつこうとしたが。
すももを抱えているからしたくても出来ない。
その様子を見た楊ぜんはクスッと笑い冗談交じりに呟く。
「桃は逃げないけど、僕は逃げちゃうかもしれないよ?」
「!!!」
固まってしまった望に、冗談だよと微笑んで出かけようと立ち上がる。
今日は自分がしっかり望を見てて転ばないように気を付ければいいかと思い。
しかし望にはその言葉は届いてなかった。
逃げちゃう…?
楊ぜんがいなくなっちゃうの…?
やっぱり望が嫌いなの?
「やぁー!!」
「わっ!」
扉に手をかけたところで、望がいきなり楊ぜんの脚に飛び付いた。
大事そうに抱えられていたすももは床に転がり。
望は楊ぜんにぎゅうっとしがみついている。
事態がよく飲み込めていない楊ぜんは、とりあえず望を脚からはがして手のひらで包み込む。
目の高さまであわせて、優しく翡翠の瞳に問いかけた。
「どうしたの望?」
「だって楊ぜん…逃げちゃうって……望そんなのやなの…!望のこともういらないの…?」
「…!」
楊ぜんは自分が望をひどく傷つけたことに気付く。
望にとっては冗談なんかですむような言葉じゃなかったのに。
涙をぽろぽろ零す瞳に心が痛んで、ぎゅっと望を胸に抱き寄せた。
「ごめん望酷いこと言って…嘘だから。いらないなんて思ってないよ。ずっと望にいてほしい」
「ほんとに……?」
「本当に。だから望…もういらない、とか嫌いになった、とかそんな悲しいこと言わないで。僕がホントにそんなこと思ってると思う?」
ふるふるっと首を横にふる。
今まで人から嫌がられてきた望だから、自分がどう思われてるかに敏感なのは痛いほどわかるけど。
もうちょっとこの気持ちを信じてほしい。
優しく撫でてやり望が泣きやむのを待つ。
しばらくして望が楊ぜんを見上げて。
「望ね…もうすもも持たない」
「…え?」
「桃は楊ぜんがくれるし、持ってると楊ぜんにぎゅって出来ないから…」
望の可愛い理由に、楊ぜんは嬉しそうに微笑んだ。
これで望が転んで怪我をする心配が少なくなる。
あの可愛い姿が見れなくなるのはちょっと残念だが、望が怪我をするより何倍もいい。
「じゃ、公園行こうか?」
「うんっ」
「哮天犬ー散歩行くよ!」
主人の声にばうっと哮天犬が反応し、嬉しそうに駆け寄ってくる。
望はやっぱり怖いのか、早々に楊ぜんの頭の上に非難したみたいだった。
可愛い反応に微笑むが、いつまでも笑う楊ぜんに望が頭の上から攻撃してくる。
痛くもない攻撃にやっぱり笑って。
1人と2匹(2人と1匹?)は午後の散歩に出かけていった。
家の中にはすももがころんっと転がって…。
続いたり。
|