『キャンディーは好き。クッキーはお友達。マシュマロは嫌い』なんだってさ。
マシュマロじゃいや!
「今日あったかいなぁ〜」
片手に持っている買い物かごをよいしょと持ち直し、楊ぜんは上機嫌で歩いていた。
玉鼎におつかいを頼まれて近所の商店街でお買い物をした帰り道。
風はまだまだ冷たいけれどお日様はぽかぽかしてて気持ちよく、加えてこれから家庭教師の時間だと思うと自然と楊ぜんの顔は緩んでいった。
更に加えて今日は3月14日のホワイトデー。
楊ぜんは今年のバレンタインに、初めて手作りチョコを大好きな先生にあげたのだ。
『僕のものになって!』という大告白つきに、貰った相手は嬉しいやら脱力するやらで結構心臓によくなかったらしいが。
今日はそのお返しが貰える日だから、きっと今ごろお菓子を持って家に来てくれているはず。
「すーす何くれるかなぁ?哮?」
「くーん?」
不思議そうに見上げてくる傍らの哮に笑って、楊ぜんはもう一度買い物かごを持ち直す。
八百屋のおばさんにおまけしてもらったりんご二つがカゴを重くしているのだが、後で一緒にすーすと食べようと計画しているから重くても構わないのだ。
そうしてのんびり歩いて、家の屋根が見えかけたところで楊ぜんはふいに横の家から呼び止められた。
「こんにちは楊ぜん君」
「太乙先生!こんにちは」
「おつかい?偉いねー」
へらっと笑って柵越しに楊ぜんの頭をぽんぽんと撫でるのは、玉鼎家の近所に住む太乙。
科学者として実験に明け暮れる傍ら、小学校で理科の教師もしている先生だ。
太乙は玉鼎の古くからの友人ということもあり楊ぜんとも昔からの顔なじみである。
バレンタインのチョコ作りも、以外とお菓子作りの上手い太乙に教えてもらったのだ。
何度チョコ作りに失敗しても笑顔で付き合ってくれる優しい先生に、楊ぜんもよく懐いていた。
「あ、そうだ楊ぜん君コレお返し」
「わっ」
手渡されたものの大きさに、油断していた楊ぜんは一瞬バランスを崩す。
なんとか体勢を立て直し改めて渡されたものを見ると、それは大きな袋一杯に詰められたクッキーだった。
「失敗作とはいえ、僕も一応チョコ貰ったからね」
「こんなにいっぱいいいの?先生」
「いいよいいよ。どうせ今日は太公望も家に来てるんでしょう?あの子はよく食べるからね・・・仲良く一緒に食べるといいよ」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに笑って大げさにお辞儀する楊ぜんに、太乙はどういたしましてと満足げに微笑んだ。
買い物かごは哮にくわえてもらい両手でクッキーの袋を抱える可愛らしい姿。
太公望が夢中になるのも仕方ないと、益々笑みは深くなる。
「そういえばお返しするお菓子によって意味が違うって知ってる?」
「?」
「クッキーはお友達で、キャンディーは好きって意味で、マシュマロは----------」
「遅かったではないか楊ぜん!さては寄り道して・・・・」
「ごめんなさいすーす、待った?」
「いや、待ってはおらぬが・・・どうしたのだそれ?」
楊ぜんが家に戻ると、帰りが遅いと心配して探しに行こうとしていた太公望が玄関にいた。
まだ昼間だし近所へ買い物に行っているから心配ないという考えは、楊ぜんに関してのみ過保護になってしまう彼には浮かばなかったらしい。
帰ってきてほっとしたくせに怒ってしまうが、それよりも太公望の視線は楊ぜんの抱えていたクッキーに注がれた。
「さっき太乙先生に貰ったんだ。すーすと一緒に食べなさいって」
「おお!太乙もいいところあるではないか。美味そうだのう〜」
甘いものに目がない太公望はコロっと笑顔になり、いそいそと紅茶をいれに行く。
楊ぜんはそんな太公望に、隣にいた哮と顔を見合わせおかしそうに笑った。
「ちゃんと手洗ってから部屋に行くのだぞー」
「はーい!」
キッチンから聞こえる声に元気よく返事して、ちゃんといいつけを守ってから部屋へ向かう。
そして一番に目がいってしまったのはいつも太公望が荷物を置くベットの上。
気にしないように勉強の用意をする楊ぜんだが、その荷物の端からのぞく綺麗にラッピングされた箱に期待に胸膨らむのを抑えられない。
先ほど太乙に言われた言葉を思い出すと、楊ぜんはますます落ち着かなくなってしまった。
「----で、車が時速60kmの速さでA地点に着くまでの時間は・・・」
「・・・・・・」
「って、聞いておるのか楊ぜん?」
「き、聞いてるよちゃんと!」
そうは言っても楊ぜんはさっきからずっとそわそわしていて、太公望の言うことはあまり耳に入っていないようだった。
いつもは真面目なのに今日はどうしたのだろうと楊ぜんの方を向くと、しきりにベッドの上をちらちらと見ている。
「どうしたのだそわそわして?」
「・・・なんでもない」
「何か気になることでもあるのか?わしでよければ相談にのるぞ?」
心配そうに覗き込んできた太公望に楊ぜんはふるふると首を横にふる。
教科書を広げた机の真ん中には皿に盛られたクッキーがあり、それをちらっと見てから楊ぜんはぽつりと呟いた。
「・・・今日ってホワイトデーでしょ・・・?」
「は?おお、そうだった!お主に渡すものがあったのだ」
お返し貰えないと思って心配しておったのか?と笑いながらカバンから取り出したラッピングされた箱を楊ぜんに差し出す。
「バレンタインチョコすごく美味しかったよ。お主なかなか料理上手じゃな」
「太乙先生に手伝ってもらったからだよ」
誉められたことが嬉しくて、楊ぜんは頬を赤くして恥ずかしそうに微笑む。
そんな可愛い姿に、楊ぜんにメロメロな太公望は気付かれないようぐっと抱き締めたい衝動を押しとどめていた。
差し出されたお返しを受け取ろうと楊ぜんは手を出すが、包装紙がずれた隙間からプラスチックの箱に入っている中身が見えてとっさに手を引っ込める。
色とりどりのふわふわ甘そうなマシュマロ。
それきり俯いて黙ってしまった楊ぜんの頭の中では太乙に言われた言葉が回っていた。
クッキーは友達で、キャンディーは好き。
マシュマロは----------
「・・・・すーすは僕のこと嫌いなの・・?」
「な、何!?誰がそんなこと言ったのだ!?」
「だってマシュマロ・・・・」
「マシュマロ嫌いだったのか?あめのほうが良かったかのう・・・あ、でもあめはちょっとな・・・クッキーもアレだしのう・・」
「!」
その言葉に楊ぜんは傷つき大きな瞳からはぽろぽろと涙が零れだしていた。
びっくりしたのは太公望で、いきなり泣き出してしまった楊ぜんにおろおろする。
どんなに慰めても止まらない涙は後から後から零れてきて、何故楊ぜんが泣き出したのか分からない太公望はそんなにマシュマロが嫌いだったのかと後悔する。
それからはもう勉強どころではなくなってしまった。
「すーすは僕のこと嫌いなんだぁ・・・・」
そんなこと言いながらも抱き寄せられればしっかりとしがみつき、泣き疲れて眠るまで楊ぜんは太公望の服のはしをしっかり握って離さなかった。
「ほれ、お返し」
公園で待ち合わせして二人で歩く帰り道、太公望はカバンから小さな袋を取り出して隣の男に手渡した。
恥ずかしいのかちょっと乱暴なその仕草に楊ぜんは小さく微笑み、素直に受け取る。
今日は3月14日のホワイトデー。
「ねえ師叔、毎年思うんですけどこれって嫌がらせですか?」
「何を言うか。貰えるだけでも有り難いと思わんかい」
でもなぁ・・とぶつぶつ文句をいう楊ぜんが受け取ったのは、コンビニでも売っているような50円くらいの小さなお菓子。
中身は毎年変わらず白くてふわふわのマシュマロである。
昔大泣きしてしまった原因のものを毎年贈られて、そのたび楊ぜんはあの時のことを思い出してちょっと赤くなるのだ。
楊ぜんが泣き止んだ後、太公望は理由を聞いてすぐさま変なことを吹き込んだ太乙をシめにいった。
あまりにも自分が教えられた意味と違っていたから。
「で、お主からは?」
「ふつう催促します?」
「・・・うるさい」
拗ねたように睨んでくる瞳に微笑みかえす。
いつのまにかバレンタインはお互いにチョコを渡すようになり、ホワイトデーもまた同じ。
楊ぜんはカバンから太公望と違って綺麗にラッピングされた箱を取り出し手渡した。
相変わらず甘いものに目がない太公望は嬉しそうにそれを受け取るが、むうっと唸って楊ぜんを見上げる。
「この軽さ・・・お主こそ嫌がらせか?」
「師叔が言ったんですよ?お返しするお菓子の意味は太乙先生の言っていたものだけじゃないって」
「じゃあこれはどういう意味だ」
「さあ?」
軽く受け流して微笑む楊ぜんが贈ったのは太公望と同じマシュマロ。
釈然としないながらも諦めて溜息をつく横顔を眺めながら楊ぜんは目を細める。
贈られた小さなマシュマロの袋を大切にカバンにしまい、不意打ちで手をつなぐと当然抵抗にあうがうまく押さえ込んで。
嬉しくて仕方ないという感じで、楊ぜんは太公望の耳元でそっと告白した。
「そのマシュマロの意味はね、師叔が思ってるのと一緒ですよ」
「わしの・・・?」
「実はあの次の日、普賢さんが師叔に教えたお菓子の意味教えてくれたんです」
「・・・・・・げ」
「それからもずっとマシュマロ贈ってくれるんだから、僕嬉しくって」
上機嫌に手を引く楊ぜんとは反対に、太公望は固まってしまって半ば引きづられるようになっていた。
赤い頬と赤い耳。もっとよく見ようと楊ぜんが顔を覗き込むと、途端にぷいっとそらされてしまう。
「あれ?師叔照れてる?」
「・・・〜〜うるさい!!」
家に着くまでそれは何回も繰り返され、いい加減キレた太公望を楊ぜんはすかさず抱き締めたのだった。
『キャンディーは大嫌い。クッキーはお友達。マシュマロは君のもの』
って意味なんだよ。
Happy White Day !!
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